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岩内町の郷土館に行くと、面白いことに文豪夏目漱石の戸籍簿が展示されてある。東京生まれの漱石は、明治25年(1892)4月5日、分家して後志国岩内郡吹上町17番地 浅岡仁三郎方に本籍地を移動している。

日本を代表する紳士録といえば『日本紳士録』だろう。明治22年(1889)から平成19年(2007)まで、実に80版が出版された。戦前までは一定以上の所得税や営業税を支払っている人が掲載され、戦後は掲載されることが社会的なステータスとされたが、一方で紳士録商法と言われる詐欺の温床とも言われた。

明治に作製された戸籍を見ると、嫡男(一般的には長男)が廃嫡されていることがある。廃嫡とは嫡子、嫡孫(嫡子の嫡子)などの法定の推定家督相続人としての権利をはく奪するものである。戦前の法律では家督相続と同時に前戸主の財産(動産・不動産)はすべて新戸主に譲られるため、たとえ長男であっても廃嫡を宣言されると、親からの財産を何一つ受け継ぐことはできなくなった。

フィギュアスケートのグランプリファイナルで16歳の紀平梨花選手が見事に優勝した。日本人でシニア昇格後、1年目でグランプリファイナルを制覇したのは、浅田真央さん以来、13年ぶりの快挙とのこと。彼女は将来の金メダル候補の最有力だろう。

戦前にご先祖が役人だった、職業軍人だった、素封家だった、それなりの会社の管理職だったという話を聞くと、まず調べるのが『大衆人事録』である。昭和初期の同様の名簿には第三種所得税(個人所得税) を50円以上納税している者を記載した『日本紳士録』や、『人事興信録』などがあるが、内容がもっとも詳しいのは『大衆人事録』である。この名簿に記載があれば、その人物の詳しいプロフィールを知ることができる。経歴だけではなく、士族か平民か、趣味、宗教、家族状況も判明するので大変に役立つ。

現在、役所から取り寄せられる最古の戸籍は明治19年(1886)式戸籍である。これを見たとき、本籍地の欄に〇〇村〇〇番屋敷と書いてあることが多い。それを見て「うちの先祖は裕福だったと聞いているが、やっぱり屋敷に住んでいたのか」と喜ばれる方がいるが、それは残念ながら早合点である。この屋敷というのは何も立派な家を言っているのではなく、ある敷地のなかに立っている家であれば、掘立小屋でも屋敷と書かれたのだ。

田中さんは全国苗字ランキングの第3位で、約134万人いる。田中とは、農地のことで、とくに水田を指す場合が多い。我が国の稲作は西から広まったから、現在でも田中さんは奈良県以西の西日本に多いわけだ。地名も非常に多く、それらの田中という地名から田中さんが生まれたわけだ。

その由来は地名である。古代の大和国に高橋邑(むら)があった。現在の奈良県天理市である。『日本書紀』の武烈即位前紀に「石の上 布留を過ぎて 薦枕 高橋過ぎ 物多に 大宅過ぎ 春日 春日を過ぎ 妻隠る 小佐保を過ぎ」と詠まれている。この地から発祥した安倍氏族の高橋氏は、天皇から大変に信頼され、その食事をととのえる膳(かしわで)を仰せつかった。この高橋さんの子孫も残っているかも知れない。

佐藤さんは全国に188万7,000人ほどいて苗字ランキングの第一位です。そのルーツは第38代天智天皇の重臣藤原鎌足(614-69)の流れをくむ藤原秀郷将軍。室町時代にまとめられた『尊卑分脈』には秀郷の子孫である公清(きんきよ)が左衛門尉(御所の建礼門などを警備する近衛兵の小隊長)に任じられたことを記念して左+藤=左藤と名乗り、苗字は人が使うものなので人偏を加えて現在の佐藤姓が誕生したといわれています。

大豆生田さんという苗字があります。読み方は「おおまめうだ」「おおまみゅうだ」「おおまめだ」など22通りもあると言われています。近年では、玉川大学教授の大豆生田啓友氏が有名ですね。この人は「おおまめうだ」です。

2016年の大河ドラマ『真田丸』の主人公は真田信繁でしたが、真田とはどういう意味でしょう。真の田? とは何のことでしょう。

浮気と書く苗字があります。名刺を出すと、必ず「うわき」と読まれてしまうので、「うき」とフリガナがふってあります。これほど誤解されやすい苗字もないですね。

五百旗頭(いおきべ)さんという苗字があります。五百籏頭とも書き、防衛大学校の名誉教授五百籏頭真(いおきべ・まこと)さんが有名ですね。

日本人の大姓ベスト200のうち、外国からの留学生が読めない苗字の代表格は望月さんだそうです。

そこで「おしらせ」を閉鎖して、家系図講座の日程はこのブログでお知らせすることにしました。