かなり前のことであるが、東京で講演を行った際、一人の男性から印象的な話を聞いた。その男性の娘さんは中学生の頃に不登校になったが、祖父の先祖調べを手伝ううちに少しずつ自信を取り戻し、やがて学校へ通えるようになったという。この話は長く私の記憶に残り、「先祖調べは不登校やひきこもりの若者の支えになるのではないか」という問題意識を抱くきっかけとなった。
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神社やお寺を巡って集める「御朱印」、お城観光を記念して購入する「御城印」のように、ルーツツーリズムの記念に「ルーツ印」のようなものがあったらどうだろうか。
ルーツツーリズムは、単なる観光ではなく、その土地に対して特別な思いを持つ「関係人口」を増やすという目的をもっている。先祖の故郷を訪れる人々は、自分のルーツやアイデンティティを確かめることによって、その地域に強い愛着や帰属意識を抱きやすい。その結果、一度の訪問で終わることなく、地域との継続的なつながりを築くことが期待できるのだ。
日本におけるルーツ関連商品の代表例といえば、自分の家の家紋を大きく描いた「家紋額」だろう。しかし、現状ではその種類はあまり多くなく、商品展開も限定的である。一方、海外ではルーツに関するグッズ市場が非常に活発で、多種多様な商品が販売されている。
ルーツツーリズムの基本は、除籍謄本を取得し、先祖の本籍地を知ることから始まる。明治時代の本籍地は、実際の居住地である場合が多く、ルーツツーリズムにおける「故地」と考えてよい。
ルーツツーリズムを普及させるうえで、最大の課題となるのは、多くの人が「自分の先祖が具体的にどこに住んでいたのか」を知らないことである。
地方自治体には、ルーツツーリストを単なる一時的な観光客としてではなく、地域と深い感情的つながりを持つ「関係人口(Relationship Population) 」を生み出す存在として捉えてもらいたい。
まずは先祖の本籍地を知らなければならない。これを知るために最古の除籍謄本を取得する。自分、父、祖父と一代ずつ自分で遡って取り揃えてもいいが、郵便で該当する役所の戸籍係に依頼するのは少しハードルが高い。最寄りの役所に出向き、戸籍係に広域交付で取り揃えてもらうのがいいだろう。最短で当日、時間がかかっても1系統であれば2週間以内には揃えてもらえるだろう。
ルーツツーリズム(系図ツーリズム、先祖ツーリズムとも呼ばれ、四十以上の呼称がある)とは、先祖がかつて暮らしていた土地を訪れ、その地域の歴史や文化に触れることで、自らのルーツやアイデンティティを再確認する旅である。
ルーツツーリズム(Roots Tourism、Genealogy Tourism)とは、自分の祖先の出身地や、ルーツにゆかりのある土地を訪れ、その地域の歴史や文化、祖先の足跡をたどる旅である。日本ではまだあまり知られていないが、世界では近年、大きな広がりを見せている。この旅に出る人は、単なる観光客ではない。過去と現在を結ぶ「家族の物語の旅人」となるのである。
「自分とは何者なのか」「自分のルーツはどこにあるのか」「なぜ今ここにいるのか」といった問いは、ただの思いつきや好奇心から出てくるものではない。これらは、自分という存在を社会や歴史の中でどう位置づけるかを考える、本質的な問いである。
私たちが先祖のことを知ろうとするのは、ただ昔を懐かしむためだけではない。それは「自分がどこから来たのか」「自分とは何者なのか」といった、とても根源的な問いと向き合うことだからである。そうした問いに自分で答えを見つけることで、自分の人生をこれからどう生きていくか、前に進むための力を得ることができる。
ルーツビジネスは急成長を遂げた。世界最大の家系図データベースを誇るAncestry.comは1990年にアメリカの二人の青年が起業した会社だが、約30数年で売上は10億ドル(米ドル。2022年)に達し、300万人もの有料会員をかかえる大企業に発展した。これを追うイスラエルのMyHeritageも2003年に創業された新しい会社だが、写真のアニメーション化など独自のテクノロジーを盛んに開発し、売上は1億ドル以上と予測されている。
それまでは「きよ」「たき」のような二音節の名前が主流でしたが、二音節の後ろに接尾語の「い」「え(ゑ)」「の」「よ」「を」を付けた名前が地域限定で流行り出したのです。
明治時代の変体かなで書かれた女性名を読むとき、その当時、どのような名前があったのかを知っておくと解読の助けになります。
歴史の本では織田信長のことを「おだ のぶなが」と読んでいますが、実は「おだ」ではなく「おた」かも知れないのです。
明治3(1870)年9月19日、太政官より「自今平民苗字差許候事(いまより平民苗字差し許され候事)」という布告が出たされたことから、9月19日は 「苗字の日」とされています。
日本の先祖調べがアメリカのような国民的な趣味に育つかどうかは、どこまで手軽に情報が手に入るようになるかにかかっています。
アメリカのように国勢調査の記録、軍隊記録、墓地の記録、移民の記録などが、インターネットで自宅に居ながら検索できるようになれば、ちょっと調べてみようかと思う人も多くなるはず。そして、何らか記録が見つかれば、そこから興味が出始めるようになるでしょう。
先祖調査をしていると、ご先祖の住んでいた場所(故地)がどのような土地であったのかが気になるものです。
江戸時代から明治にかけての女性名は記録に散見されますが、宗門人別改帳などを見ると男性名よりも同名の率が高いことから、個々を区別するためには「〇〇のたき」のように、名前の前に屋号などを冠して呼んでいたものと推測されます。
江戸時代の古文書や古い戸籍を読むとき、一番解読者を悩ませるのは固有名詞と言われています。通常、くずし字は文の流れで内容を類推し、そこに当てはまる文字の候補を絞り込みながら読むようにと習いますが、人名のような固有名詞にはその方法が使えず、前後の文からヒントを得ることができません。そのため解読者泣かせといわれ、古文書に熟練している人でも不明の部分だけを抜き出して解読してほしいと言われると、誤読する懸念をいだきます。そのリスクを減らすには、江戸時代から明治時代の男性人名によく使われていた文字を知ることが役立ちます。
家族の歴史を調べるとき、インタビューは貴重な情報源となりますが、家族や親戚にどんなことを質問すればいいのか分からないかも知れません。そんなときは、ここに書かれている質問をしてみて下さい。
アメリカの詩人で、系図学者としても有名なLaurence Overmireは家族歴史とはどういうものかについて、心にしみる名文をたくさん書いています。彼の名言の中から、私の好きなものをいくつか紹介しましょう。
アメリカなどには家系図作成を業務とする専門家の調査レベルを試験によって認定する協会がありますが、日本にはそういう機関が存在しません。そのため、家系図の製作を依頼する人は業者のホームページやパンフレットを見て、自分の目で業者のレベルを判断しなければなりません。ですが、そもそも家系図について詳しくない依頼者が業者のレベルや安心して任せられるかどうかを自力で選ぶことは非常に難しいと言わざるをえません。そこで、レベルが高く、安心して依頼できる家系図作成業者の選び方について重要なポイントをいくつかお話ししましょう。
戦時中に約1万6,760ほどあった市町村には兵事係が置かれ、赤紙(臨時召集令状)を配っていました。
昭和20(1945)年8月15日、終戦になると、警察署からの命令で市町村にあった兵事記録は速やかに焼却し、その目録を作成して陸海軍に提出するように伝えられました。ほとんどの市町村の兵事係はこの命令に従って大量の書類を数日かけて燃やしましたが、「こんな貴重な記録は焼けない」と反発し、密かに自宅などへ運び込んだ者もいたのです。そうして奇跡的に残された兵事記録としては、富山県庄下村(現砺波市)のものが有名です。その数は8,000点に及び、明治10(1877)年の西南戦争から大東亜戦争まで、村から出征したすべての兵士の詳細な記録が失われずに守られました。
外国では日本の戸籍制度のことをファミリー・レジストレーション(Family Registration )と呼んでいますが、このような制度があるのは日本、中国、台湾だけです。韓国にもありましたが、2007年に廃止されました。
住民登録している住所と本籍地が異なると、自分の本籍地が分からなくなめことがあります。昔は運転免許証に本籍地が記載されていましたが、現在はそれもないため、確認したいと思う人もいるでしょう。



























