古い戸籍の記載には注意が必要

2019年10月25日


 戸籍の盲信は危険です。戦後の戸籍の信頼性はおおむね大丈夫だとしても、戦前、とくに明治の戸籍には信頼度に問題があります。
 明治5(1872)年に作製された壬申(じんしん)戸籍の原本は法務省が厳重に管理していますが、閲覧が可能だったころ、写本を入手していまでも保管している家があります。そのような家の壬申→明治19年式戸籍→明治31年式→大正4年式の戸籍を一連の流れとして検証する機会がこれまでに何度もありましたが、そこで分かったことは、戸籍は決して一次史料ではなく、またオリジナルでもないということです。
 とくに壬申と明治19年式の間には、意図的な改変が目立ちます。壬申では養子であったものが、明治19年式では実子と書かれていることもあります。両方の間で生没年に変化があることもあります。続柄も異なっていることがあります。これらの事実は、壬申と明治19年式の戸籍は届出人と受理した戸籍吏が同じ村に住む住人であり、両者の間に地縁、血縁的な深い結びつきがあり、それが戸籍の書き換えを容易にしていた点を考慮する必要があります。当時は届出者の申し出により、戸籍吏が恣意的に個人情報を書き換えることもあったのです。
 明治の戸籍はイベントが起きた直後に作られた一次史料でもありません。当時は生まれから何か月、ひどいときには数年も出生届を出さなかった事例が多数報告されています。本当は1月15日に生まれても、雪が溶けるまで届け出ず、春になって届けたため、戸籍では3月20日に生まれたことになっているというようなケースは昭和10年代になっても見受けられます。
 死亡についても同様で、死亡していても全く届けていない事例もあれば、死後かなり経ってから届け出ることもありました。現在のように病院で亡くなるわけではなく、自宅で亡くなるとことが多かった昔はそういうことが可能だったのです。医者も同じ村の顔見知りですから、頼まれれば届出に合わせた死亡診断書を書いたのでしょう。過去帳や墓石の没年月日と戸籍の没年月日にズレが生じていることは珍しくはありません。その場合、まずは過去帳や墓石の没年月日が旧暦で書かれている(明治末期まで過去帳に旧暦を使用した寺院は少なくないのです)可能性を確認しなければなりませんが、旧暦ではない場合は家督相続(財産)の問題、あるいは冬場で届出が困難だった場合など、いろいろな状況を推理してみる必要があります。
 あろうことか養父と養女の間に子供が出来てしまい、急きょ養女を婿養子と結婚させて、戸籍上は婿養子の子にしたケースもありました。この場合は、さらに探ると、婿養子は戸籍の名義を貸しただけで、実際にはその養女と結婚生活を営んでいた実態すらありませんでした。二人は子供が生まれた直後に離婚しています。
 戸籍上の人物がすり替わっているケースもあります。北海道などでは開拓者に土地が貸し与えられましたが、貸与人が逃亡することも珍しくなく、その時は家族が相談して使用人や流れ者を貸与人に仕立てて土地の没収を回避したという事例もありました。まさに「事実は小説よりも奇なり」です。
 戦災や災害などで戸籍の原本と副本、役所の身分登記簿が一度に失われた時は聞き取りによって新しく戸籍を編製しましたが、そこに書かれていることがどこまで真実であるかは疑問です。樺太から引き揚げて来た家も戸籍を失っているため、戦後10年以上たってから就籍した家も珍しくはありませんが、本人の自己申告だったため、この戸籍単独では信ぴょう性が担保されません。
 戸籍はオリジナルでもありません。戸籍は役所に保管されていたものなので公文書の原本であると思われる方も多いですが、戦前までの戸籍というものは何度か書き換えられているのです。戸籍法の改正で書き改められることもれば、転籍や家督相続で書き換えられることもありました。このとき戸籍吏は原本を筆字やペンで書き写しましたが、人の行う作業ですから誤字脱字がよく生じたのです。改製原戸籍の文字があまりの悪筆で誤読したケースもありました。このような戸籍の転記に際して生じた誤記脱字が現在の除籍の約30%に見られることを法務省も認めています。
 戸籍のオリジナルといえるものは、明治5年の壬申戸籍のみです。この戸籍で誤りが生じた場合、その誤りは伝言ゲームのように後の派生物の戸籍に引き継がれてしまいました。
 以上のような理由で戸籍をそれ単体で真実と思い込み、系図を書くことは危険です。戦前の戸籍を扱う際には公文書だからといって頭から盲信せず、他の記録によって検証することを心がけましょう。
 そのときに役立つのが系図証明基準です。

1適度に網羅的な情報の収集
2引用元の明記(追試の保証)
3情報の徹底的な分析と関連付け
4矛盾する証拠の解決
5合理的で筋の通っている結論

 戦前の戸籍に対しても、このような検証を行ったうえで、系図に用いる習慣を身につけることが大切です。
 古い戸籍(除籍)を取得して系図を組むと、「これで家系図が出来上がった」と安心する人がいますが、本当はそこから真実の系図づくりがスタートするのです。
 戸籍というものは、あくまでも料理に使う食材でしかありません。食材をキッチンに並べても料理とは言いませんね。その食材を調理して初めて料理と言います。戸籍制度は先祖調査にとっては大変に便利な制度ですが、古い戸籍は食材だということを知り、それをじっくりと調理するつもりで系図作りを楽しんでください。