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明治から戦前にかけて商売をしていた人、会社を経営していた人を調べる時には、『日本全国商工人名録』も役立つ。これは明治25年(1892)に設立された合資会社商工社(現在の東京商工リサーチ)が発行していた日本最古の企業年鑑といわれるもので、全国の会社・商店がきめ細かく収録されている。よほど規模の小さい商店や会社でなければ、まずは掲載されている。

いよいよ今年も残り少なくなりました。インフルエンザが流行していますが、みなさんお気をつけて。良い新年をお迎えください。

次回の道新家系図講座は来年の1月15日です。1月は1回しかありません。今年最後の豊水家系図講座は12月22日です。この日はPM2:00開講で、PM5:30からは忘年会です。

渋沢栄一は我が国の資本主義を発展させるためには、会社の信用度を株主が客観的に知ることができる信用会社の設立が急務と考えていた。そこで明治29年(1896)には自らが初代会長となって東京興信所を創立し、大蔵省官吏を退官して新聞社社長をしていた佐藤正美を初代所長に迎える。この設立には日本銀行を始めとする東京周辺の銀行が深く関わっていた。会社に資金を融資する銀行にとっても、会社の資産や営業状況を調査する信用会社は絶対に必要な存在だったのである。

ファミリーヒストリーを調べるうえで、ご先祖の経営していた会社や勤務していた会社が分かれば、大きな手掛かりになる。大企業で現在でも存続していれば、古い人事記録を持っているかも知れない。会社を経営していたのであれば調べる方法はいろいろとある。

戦前を代表する紳士録のひとつに『人事興信録』がある。これは私立探偵の先駆であった内尾直二が明治35年(1902)、渋沢栄一の援助を受けて東京に設立した人事興信所が翌年から刊行を始めたもので、全国的な紳士録としては明治22年(1889)に発刊された『日本紳士録』に次いで古い。その後は2年から3年ごとに新しく編さんされ、平成7年(1995)まで続いた。

岩内町の郷土館に行くと、面白いことに文豪夏目漱石の戸籍簿が展示されてある。東京生まれの漱石は、明治25年(1892)4月5日、分家して後志国岩内郡吹上町17番地 浅岡仁三郎方に本籍地を移動している。

日本を代表する紳士録といえば『日本紳士録』だろう。明治22年(1889)から平成19年(2007)まで、実に80版が出版された。戦前までは一定以上の所得税や営業税を支払っている人が掲載され、戦後は掲載されることが社会的なステータスとされたが、一方で紳士録商法と言われる詐欺の温床とも言われた。

明治に作製された戸籍を見ると、嫡男(一般的には長男)が廃嫡されていることがある。廃嫡とは嫡子、嫡孫(嫡子の嫡子)などの法定の推定家督相続人としての権利をはく奪するものである。戦前の法律では家督相続と同時に前戸主の財産(動産・不動産)はすべて新戸主に譲られるため、たとえ長男であっても廃嫡を宣言されると、親からの財産を何一つ受け継ぐことはできなくなった。