家族の歴史をたどるとはどういうことか

 私たちが先祖のことを知ろうとするのは、ただ昔を懐かしむためだけではない。それは「自分がどこから来たのか」「自分とは何者なのか」といった、とても根源的な問いと向き合うことだからである。そうした問いに自分で答えを見つけることで、自分の人生をこれからどう生きていくか、前に進むための力を得ることができる。 

 普段の生活では、「自分がなぜ今ここにいるのか」を深く考えることはあまりないだろう。また、先祖がどんな選択を、それが今の自分にどうつながっているのかを知る機会も少ない。けれども、今の社会は情報であふれ、人々の考え方もゆれ動いている。そんな不安定な時代だからこそ、自分の「ルーツ」、つまり自分がどこから来たのかを知ることは、周りに流されず、自分をしっかり持つためにも大切なのではないだろうか。

 2013年、作家のブルース・ファイラーは『ニューヨーク・タイムズ』という新聞に「私たちを結びつける物語」という文章を書いた。そこでは、家族の話をよく知っていることが、子供たちの自信や、難しい問題を解決する力、さらには辛いことに負けない強さにもつながるという研究が紹介されている。この研究を行ったのは、アメリカのエモリー大学の心理学者マーシャル・デュークと、彼の妻で学習に困っている子どもを支援しているサラ・デュークである。サラは、「家族のことをよく知っている子どもは、辛いことがあっても立ち直りが早い」と言っている。

 この研究をもとに、ファイラーは「家族にとって大切なことの一つは、家族についての話や思い出を持ち、それを分かち合うことかもしれない」と結論づけている。つまり、家族の物語をよく知っている人は、自分のことをよく理解でき、不安や迷いにも打ち勝てるようになるのではないか、ということだ。 

 これはただの考えではなく、実際に多くの人が家族の歴史をたどることで、気持ちが落ち着いたり、生き方が変わったと感じている。アメリカのブリガム・ヤング大学の研究では、家族の歴史を知ることで、心配な気持ちが20%減り、自信が8%高まり、困難に立ち向かう力も強くなったという結果が出ている。これは家族の歴史を知ることが心の健康に良い影響を与えることを示している。

 たとえば、アメリカの元大統領夫人ミシェル・オバマは、自分の人生について書いた本『Becoming』で、自分の家族の歴史を調べたことを語っている。彼女は、かつて奴隷だった曾祖父のことを知り、自分の中に元々ある強さや希望の意味を理解したという。そしてそれが、自分の考えや行動のもとになったと述べている。「過去を知ることが、私の未来を変えた」という彼女の言葉には、大きな意味がこめられている。

 また、FamilySearchが「エマを探して」という短いビデオを公開している。これはハワイに住む中年の女性が、エマという先祖の女性から勇気をもらう話である。この女性はガンになったが、家族の歴史を調べる中で、ハンセン病というつらい病気にかかったエマという先祖の存在を知る。エマは6人の子供を産んだが、当時の法律によって子供と離れ離れにされてしまった。その辛さに共感したことで、ガンと戦う力をもらえたという。ミシェル・オバマの先祖も、エマも、有名な人ではない。むしろ弱い立場で苦しんだ人たちである。もし子孫が調べなければ、歴史に名前が残らず、忘れられたかもしれない。しかし、そうした人々の人生からも、私たちは大切なことを多く受け取り、学ぶことができるのである。

 NHKの『ファミリーヒストリー』というテレビ番組では、出演した有名人が涙を流すことが多い。それは、自分につながる人たちがどんな苦しみや努力をしてきたのかを知って、心を動かされるからだろう。たとえ有名ではない先祖であっても、それが自分とつながる物語であるならば、人はそこから何かを受け取り、学ぶことができるのである。こうした家族の歴史が持つ力には、心理学や社会学、教育の分野でも注目が集まっている。 

 家族の物語は、ただの昔話ではない。そこには先祖と自分を結ぶ共感や理解、誇りがある。祖父母の苦労、両親の決断、そして今の自分に至るまでの流れ。すべてが自分の存在に意味を与えてくれるのである。家族の歴史を知ることは、ただ昔の出来事を知るだけでなく、その物語に込められた思いを感じることであり、自分の生き方に深く関わってくるものだ。アメリカでは、DVを受けたり、家を失った女性たちに、自分の先祖の話を伝えることで、自信を取り戻す支援をしている団体もある。 家族の歴史には、まだまだ多くの可能性があるだろう。

 また、家族の歴史をたどる中で、びっくりするようなつながりが見つかることもある。遠くに住む親戚とまた会えたり、古い手紙や日記を見つけたり、知らない顔が写る昔の写真に出会ったりすることもある。こうした出来事は、新しい友達ができたり、家族ともっと仲良くなれたりするきっかけになる。ある人は、おばあさんの家の押し入れで見つけた戦前の手紙を読んだことで、長い間会っていなかった親戚とまた連絡を取り合うようになったという。忘れられそうだった「家族の思い出」がよみがえり、それをみんなで話し合うことで気持ちが近くなったのである。

 さらに、家族の歴史を調べることは、昔の社会や生活について知ることにもつながる。たとえば、明治時代に職人として働いていた高祖父の人生を調べた人は、その頃の仕事や生活の様子をより身近に感じられたという。私たちの家族の歴史は、最初は個人的な家の話であっても、さかのぼっていくうちに住んでいた場所の歴史や文化ともつながっていく。その中で「自分の家の物語」が「大きな歴史」の一部だと気づくのである。そうなれば、歴史はただ覚えるものではなく、実感をもって心に響いてくるものになるだろう。

 家族の歴史を知ることは、将来の子供や孫へのプレゼントにもなる。自分がどこから来たかを知ることで、自分がどんな人かを知る手がかりとなるからである。それは、時代をこえて人が生きた証を受けついでいくという、実に温かみのある人間的な営みではないか。