不登校やひきこもりの若者に勧めたい先祖調べ

かなり前のことであるが、東京で講演を行った際、一人の男性から印象的な話を聞いた。その男性の娘さんは中学生の頃に不登校になったが、祖父の先祖調べを手伝ううちに少しずつ自信を取り戻し、やがて学校へ通えるようになったという。この話は長く私の記憶に残り、「先祖調べは不登校やひきこもりの若者の支えになるのではないか」という問題意識を抱くきっかけとなった。
実際、海外では家族史や先祖の物語が子どもの心理的成長に与える影響について研究が進められている。アメリカのエモリー大学の研究では、自分の家族の歴史をよく知っている子どもほど、自尊心が高く、不安が少なく、困難に立ち向かう力が強いことが報告されている。
その理由の一つは、先祖調べがアイデンティティの確立を助けるからである。
不登校やひきこもりの若者は、学校や社会とのつながりを失い、自分自身の存在に自信を持てなくなっている。しかし、家系をたどることで、自分が何世代にもわたる命の連鎖の中に存在していることを知るだろう。自分は決して孤立した点の存在ではなく、多くの人々の人生の積み重ねの上に立っているという実感は、大きな安心感をもたらし、自己肯定感を高めてくれる。
高祖父母までさかのぼると16人の先祖がいる。その16人の人生はすべて一人の子孫の人生とつながっている。彼ら彼女らの選択が、実はいまの自分のという存在に大きく影響していることを実感を持って知れば、その奇跡に驚かされる。
エモリー大学の研究者マーシャル・デューク博士は、このような感覚を「世代間自己(Intergenerational Self)」と呼んでいる。自分の人生を現在だけでなく、過去百年、二百年という長い時間軸の中で捉えることで、人はより強い精神的安定を得られるのだ。若者たちがこのような感覚を抱くことによって、自己肯定感を高め、社会と関わる自信を取り戻してもらいたい。

また、先祖調べはレジリエンス(精神的回復力)を育てる効果も期待できる。
先祖たちの人生を調べると、そこには戦争、災害、病気、貧困、移住など、さまざまな困難が存在する。決して順風満帆な人生ばかりではない。しかし彼らは、それぞれの時代の苦難を乗り越えて生き抜き、命を次の世代へとつないできた。
その姿を知ることは、「自分の苦しみだけが特別ではない」「先祖も困難を乗り越えたのだから、自分も乗り越えられるかもしれない」という希望につながる。私が東京で聞いた中学生の娘さんのケースも、天保の大飢饉を生き延びた先祖の壮絶な体験を知り、自らの内にある強さに気づかされ、それが立ち直る勇気につながったという。
ここで重要なのは、先祖を語るとき美化、英雄化することではない。失敗した先祖、挫折した先祖、貧困に苦しんだ先祖についても知ることは重要である。さまざまな先祖を通じて人間の弱さや不完全さを受け入れる力が育まれるからだ。家族の歴史に光だけでなく影もあることを知ることは、自分自身の弱さや失敗を受け入れることにもつながる。
さらに、先祖調べは学びへの意欲を呼び覚ます可能性も持っている。
いったん遠ざかって学校の勉強に興味を持てない子どもでも、自分の苗字の由来や先祖の住んでいた村には強い関心を示すかも知れない。戸籍を調べ、古地図を読み、郷土史を学ぶことで、歴史、地理、国語、情報検索など多くの学習分野に自然と触れることになる。
教科書の歴史は他人の物語であっても、先祖の歴史は自分自身につながる物語である。だからこそ強い知的好奇心を引き出す可能性がある。
家族関係の改善という効果もある。
祖父母への聞き取りや古い写真の整理を通じて、普段は会話の少ない家族同士が交流する機会が生まれる。親や祖父母が経験した苦労や喜びを知ることで、家族への理解が深まり、孤独感が和らぐことも少なくない。ただし、悩みを抱えている若者のなかには、家族との間に深刻な問題を抱えているケースもあるだろうから、そのような場合は家族の協力を必要としない戸籍などから調べ始めてみるとよいだろう。現代の多様な親子関係にあわせて、調査の方法を柔軟に変更することが肝心である。
アメリカ・カリフォルニア州のサクラメントには、ホームレスや困難を抱えた人々に先祖調べを提供する非営利団体「オリーブ・ブランチ・コネクションズ(Olive Branch Connections)」がある。この団体は、先祖の物語を伝えることで利用者に心の平安と生きる力を取り戻してもらう活動を熱心に行っている。先祖調べが単なる趣味ではなく、人を支える社会的な支援にもなり得ることを示す事例である。このような活動が日本でも広まることを期待したい。
もちろん、先祖調べだけで不登校やひきこもりが解決するわけではない。経済的な問題や学校環境、精神的な悩みなどには専門的な支援が絶対に必要である。しかし、自分の存在を長い歴史の中に位置付け、「自分は一人ではない」と感じられることは、立ち直りへのきっかけ作りになるかも知れないと私は思う。
不登校やひきこもりの時間は、社会から取り残された不毛の時間ではないはずだ。その時は、自分のルーツと向き合い、自分自身を見つめ直す時間にもなり得る。先祖の住んでいた地を訪ねるルーツツーリズムに出かけてみてほしい。そこにはあなたにつながる人たちの懸命に生きた記憶が静かに眠っている。

