除籍を使わないルーツツーリズム

ルーツツーリズムの基本は、除籍謄本を取得し、先祖の本籍地を知ることから始まる。明治時代の本籍地は、実際の居住地である場合が多く、ルーツツーリズムにおける「故地」と考えてよい。
しかし、ルーツツーリズムは必ずしも除籍だけに頼るものではない。
たとえば、北海道 に住む人々の多くは、明治以降に本州から移住してきた人々の子孫である。そのため、道産子の中には、「先祖は本州のどこから来た」という話を家族の言い伝えとして聞いている人も少なくない。若い世代が知らなくても、一族の古老に尋ねれば、ある程度の記憶が残っていることが多い。
もっとも、その内容は「○○県から来た」という程度で伝わっている場合が大半であり、「○○村から来た」といった具体的な地名まで把握しているケースは少ない。それでも、こうした記憶はルーツツーリズムの大切な入口となる。
たとえば、北前船交易の歴史的つながりから、石川県 から北海道へ移住した家系は非常に多い。もし石川県が、沖縄県の「世界のウチナーンチュ大会」のように、県外や海外に広がる子孫たちを招くイベントを開催したとすれば、除籍を取得していなくても、言い伝えを頼りに参加できる道産子は数多くいるだろう。
そのようなイベントへの参加をきっかけに、自分のルーツへの関心が高まり、実際に除籍を取得して本籍地を調べ始める人も出てくるはずである。
つまり、都道府県規模のイベントによって広くルーツツーリズムへの関心を喚起し、その後、市町村単位の本格的なルーツ探訪へとつなげていくことができるのである。
「世界のウチナーンチュ大会」を通じて、沖縄県 は、世界中に広がる約40万人の沖縄系ディアスポラと、アイデンティティのレベルで強く結びついている。さらに、ロサンゼルスで北米沖縄県人会サミットを開催するなど、その活動範囲は着実に広がっている。
海外からディアスポラを迎え入れるだけではなく、日本国内には数多くの「国内ディアスポラ」が存在する。
そのため、「○○県へおかえりなさい」といったイベントを開催し、既存の県人会活動と連携することで、新たなルーツツーリズムの形を生み出すことができるだろう。

日本の苗字の約八割は、同じ名前の地名を起源としているとされる。
たとえば、田中や高橋のように全国各地に発祥地が存在する苗字もあれば、晴山や栃内のように、発祥地が一か所から数か所に限られる苗字もある。
晴山姓は全国に約2600人ほど存在し、その多くが 岩手県 に集中している。また、隣接する青森県や北海道にも相当数が居住している。
晴山の語源は、「山地や山麓の湿地を切り開いた土地」を意味する「墾山(はりやま・はるやま)」が転じたものと考えられている。「墾」の字を「晴」に変えたのは、より縁起の良い文字を選んだからであろう。
関連する地名としては、
・岩手県九戸郡軽米町大字晴山
・岩手県岩手郡雫石町晴山
・岩手県花巻市東晴山・西晴山
などが知られている。
このうち、晴山姓の発祥地としてとくに有名なのは、花巻市東晴山と軽米町晴山である。
花巻市東晴山には、かつて「晴山館」が存在し、その館主は晴山隼人であった。この晴山氏は、中世に和賀郡周辺を支配していた和賀氏の重臣であり、晴山隼人・長門・茂兵衛などの人物が記録に残されている。
天正18年(1590)、和賀氏が所領を没収されると、晴山氏も帰農した。しかし、晴山隼人は南部氏一門の北氏に仕えた。
一方、軽米町晴山を本拠とした晴山氏は、第56代 清和天皇 の流れをくむ清和源氏の子孫であり、九戸城主・九戸政実の一族と伝えられている。
この晴山氏は現在の軽米町晴山第七地割付近にあった晴山館を拠点としていた。
天正19年(1591)に九戸政実の乱が起こると、晴山治部少輔や晴山玄蕃らが九戸方の武将として参戦した。彼らは勇将として知られ、一戸城への夜襲で堀尾軍を破ったものの、その後井伊軍に敗れ、乱の鎮圧とともに滅亡したとされる。
また、久慈市の晴山家も系統は異なるが、やはり軽米町晴山を起源とすると伝えられている。
このように、晴山氏の系統は、ほぼ二か所の地名を中心に展開している。
そこで、軽米町と花巻市が連携し、全国の晴山さんに向けて、二つの発祥地を巡るルーツツーリズムイベントを企画することも可能であろう。
対象は県外に住む晴山姓の人々だけではない。岩手県内に住む約1200人の晴山姓の人々にとっても、強い関心を引く企画になるはずである。

どの都道府県にも、その地域を特徴づける苗字が存在する。
そうした苗字を切り口にして、ルーツツーリズムを展開することもできる。
実際、旅行会社による「苗字ツーリズム」の事例はすでに存在している。たとえば、佐々木姓の人々がゆかりの沙沙貴神社(滋賀県)を訪ねたり、菊池・菊地姓の人々が菊池神社(熊本県)を参拝したりするツアーが企画されたことがある。
また、1984年には、宮崎県小林市 が全国の「小林」姓の人々に招待状を送り、観光案内や交流会を開催した。同様の試みは、石川県の穴水町 や和歌山県の 新宮市 などでも行われている。
さらに、和歌山県海南市にある藤白神社 は鈴木姓ゆかりの地として知られており、同市では「鈴木さんサミット」が開催されている。
奈良県の談山神社 は、藤原鎌足を祀る神社である。
ここには「談の会(かたらひのかい)」という組織があり、藤原・加藤・佐藤など、藤原氏にゆかりを持つとされる3452もの苗字の人々に参加を呼びかけている。
こうした氏族会活動では、厳密な系図証明ができない場合もある。しかし、除籍が手元になくても、苗字を通じて歴史的ロマンや共通祖先意識を共有できるという魅力がある。
ルーツツーリズムとは、単に先祖の居住地を確認する作業ではない。それは、自分自身の物語の一部となる土地を発見する旅である。
たとえ有名な観光地でなくても、苗字という代々受け継がれてきた「バトン」を手がかりにすることで、その土地はその人にとって唯一無二の「聖地」になり得るのである。
