除籍取得費用の実質無償化の方法

ルーツツーリズムを普及させる上での最大の課題は、人々が「自分の先祖が具体的にどこの場所に住んでいたのか」を知らないことにある。
海外では先祖調査の特急券と呼ばれている日本の戸籍。この機会にぜひとも取得してもらいたいが、それを促すにはどうしたらよいか。まずは思いのほか簡単に取れるということを知ってもらう必要がある。
かつては遠方の役所へ郵送で請求する必要があったが、2024年3月から開始された戸籍証明書の広域交付制度により、現在は最寄りの役所の窓口で、全国の除籍謄本を一括して取得できるようになった。これは画期的なことである。先祖調査の普及に大切なのは調査のハードルを引き下げることに尽きる。海外をみてもインターネットの発達により先祖情報の取得が簡単になり、デジタル化の進歩で文献調査が自宅でできるようになると、趣味人口が爆発的に増えた。
広域交付で取得できる最古の除籍は明治19年式である。ここに記されている本籍地は江戸時代(1603~1867)から住んでいた土地であることが多く、ルーツツーリズムにおける故地にあたる。理想としては各個人が自分のアイデンティティを確認するため、広域交付を利用して古い除籍を取りそろえることだが、一系統の直系尊属(直系の先祖)の除籍謄本を揃えるには8000円前後の費用がかかる。この出費が壁となって広域交付の利用をちゅうちょする人がいる。それを少しでも減らすように、何らかの方法でこの出費を実質無償化、あるいは価値還元することができないものだろうか。

考えられることとして、第一に除籍取得費用を相殺する「キャッシュバック・クーポン」の発行がある。訪問先の自治体が、任意ではあるが除籍謄本の領収書を提示したルーツツーリストに対し、地元の宿泊施設や飲食店で利用できる「ルーツ探訪クーポン(1万円分)」を発行するのだ。 ルーツツーリストは通常の観光客よりも滞在期間が長く(イタリアの例では平均6.8日に対し9.8日)、地域への経済波及効果も高い。イタリアでは、彼らが年間約50億ユーロ(約8000億円)以上の経済効果をもたらすと試算されている。1万円を還元しても、数日間の滞在消費(宿泊・飲食・移動)や、帰宅後の「ノスタルジー消費(特産品の継続購入)」によって自治体側は十分に投資を回収できるはずだ。
第二にイタリアの「Italea(イタレア)カード」を参考にして、日本版「ルーツカード」を発行し、除籍を取得した者に対し、故地への交通費割引や特産品の贈呈を行うというものだ。イタリア政府の「Italea(イタレア)」プロジェクトでは、イタリア系子孫に対して「Italeacard」という割引カードを発行し、航空、鉄道、ホテル等の優待を提供している。約760のパートナー企業(ITA航空、イタリア郵政公社、ベストウェスタン等のホテルチェーン、高速鉄道Trenitaliaなど)が参加している。 日本とイタリアでは先祖調査を取り巻く環境が大きく異なるため、単純に「Italeacard」的なものを日本でも発行すればよいという話にはならない。しかし、自らの意思で先祖の故地を訪ねたいというルーツツーリストに対し、交通機関や宿泊の割引や優待が行われることは検討の余地がある。

ルーツツーリストは単なる観光客ではなく、その土地のコミュニティの一員として扱われることを切望している。そこで第三に深い帰属意識を醸成する「特別市民」の認定制度を実施してはどうか。
イタリアのミリェリーナ(Miglierina)などでは、ルーツツーリストを「一時的な市民」として扱い、地域住民と深い交流を持つプロジェクトが実施されている。たとえば、自治体が発行する「特別市民証」を提示することで、地元の資料館、美術館、温泉施設などを無料または割引価格で利用できる。首長による表彰や「おかえりなさいギフト(地元の食材や伝統工芸品)」を贈呈することで、金銭以上の満足度をルーツツーリストに与え、リピーター化を促す 。このように歓迎されたルーツツーリストは帰宅後もその土地に強い愛着を持ち、地域アンバサダー(大使)として活動してくれるだろう。イタリアやポーランドでは、先祖の地を訪れた人々を「地域のアンバサダー」として認定し、彼らが地元の歴史や特産品を宣伝することを期待している。そして、そのような活動に報いるため、地元側は特産品を継続して購入するアンバサダーに対し、次回の訪問時の宿泊費割引や、オンラインショップでの永続的な割引を付与する。故地の空き家を再生して別荘とする(二拠点居住)際のリフォーム費用の補助も行われている。
このような施策は、観光客誘致のための単なる値引きではなく、全世界に散らばったディアスポラ(子孫たち)と故地を「歴史と経済の両面で再接続する投資」として機能するはずである。
