除籍取得費用の実質無償化の方法

ルーツツーリズムを普及させるうえで、最大の課題となるのは、多くの人が「自分の先祖が具体的にどこに住んでいたのか」を知らないことである。
その点で、日本の戸籍制度は世界的にも極めて貴重な存在である。海外では「先祖調査の特急券」と呼ばれることもあり、これほど詳細に家族の歴史を記録している制度は他国にはほとんど見られない。ぜひ多くの人に戸籍や除籍を取得してもらい、自分を取り巻く大家族の歴史を知ってほしい。しかし、そのためには、まず「思った以上に簡単に取得できる」という事実を広く知ってもらう必要がある。
かつて、先祖の除籍謄本を取得するには、遠方の役所へ郵送で請求しなければならなかった。しかし、2024年3月から始まった戸籍証明書の広域交付制度により、現在では最寄りの役所窓口で、全国の除籍謄本をまとめて取得できるようになった。
これは画期的な変化である。
先祖調査を普及させるうえで最も重要なのは、「調査のハードルをいかに下げるか」に尽きる。海外でも、家系調査が一般に広がった背景には、インターネットによって先祖情報を容易に取得できるようになったことがある。さらにデジタル化によって、文献調査にかかる時間と労力が大幅に削減され、自宅でも調査が可能になった。加えて、今世紀に入ってからはDNA解析を利用した遺伝系図学も普及し、ルーツ探しは「国民的趣味」と呼ばれるほど広がりを見せている。
広域交付制度で取得できる最古の除籍は、明治19年式戸籍である。そこに記された本籍地は、江戸時代から続く居住地である場合が多く、ルーツツーリズムにおける「故地」にあたる可能性が高い。
その土地を知るために必要な戸籍・除籍取得費用は、一系統の直系尊属分をそろえる場合、およそ8000円前後になるだろう。しかし、この費用負担が壁となり、広域交付制度の利用をためらう人も少なくない。この障壁を低くするためには、戸籍取得費用を実質的に無償化、あるいは何らかの形で価値還元する仕組みが必要である。

まず考えられるのは、除籍取得費用を実質的に相殺する「キャッシュバック型クーポン」の導入である。
たとえば、訪問先の自治体が、除籍謄本の領収書を提示したルーツツーリストに対し、地元の宿泊施設や飲食店で利用できる「ルーツ探訪クーポン(1万円分)」を発行するのである。ルーツツーリストは、一般的な観光客よりも滞在期間が長い傾向がある。イタリアでは、通常観光客の平均滞在日数が約6.8日であるのに対し、ルーツツーリストは約9.8日滞在するとされる。また、宿泊・飲食・交通だけではなく、帰宅後も特産品を継続購入する「ノスタルジー消費」を行う傾向がある。
イタリアでは、ルーツツーリズムによる年間経済効果は約50億ユーロ(約8000億円)以上とも試算されている。そのため、1万円程度のクーポンを還元しても、自治体側は十分に投資を回収できる可能性が高い。
第二に、イタリアの「Italea Card」を参考に、日本版の「ルーツカード」を発行する方法が考えられる。これは、除籍を取得した人に対して、故地への交通費割引や、特産品の提供、宿泊優待などを行う仕組みである。
イタリア政府のItaleaプロジェクトでは、「Italea Card」を通じて、航空会社、鉄道会社、ホテルチェーンなど約760の企業が優待制度に参加している。
もちろん、日本とイタリアでは先祖調査を取り巻く環境が異なるため、そのまま同じ制度を導入できるわけではない。しかし、自らの意思で先祖の地を訪ねようとする人々に対し、交通や宿泊に関する優待を提供することは、日本でも十分に意義があるだろう。
とくに、海外から日本を訪れるルーツツーリストを増やすうえでは、日本版「ルーツカード」は有効な後押しになる可能性がある。

ルーツツーリストは、単なる観光客ではない。彼らは、その土地のコミュニティの一員として迎えられることを強く望んでいる。
そこで第三の施策として、「特別市民」認定制度を導入してはどうだろうか。イタリアのミリェリーナなどでは、ルーツツーリストを「一時的な市民」として迎え入れ、地域住民との交流を深める取り組みが行われている。「特別市民証」を提示することで、地元の資料館、美術館、温泉施設などを無料または割引価格で利用できる。さらに、自治体首長による歓迎表彰や、「おかえりなさいギフト」として地元の食材や工芸品を贈ることで、金銭的価値を超えた満足感を提供している。
こうした歓迎を受けたルーツツーリストは、帰国・帰宅後もその土地への愛着を持ち続け、地域の魅力を広める「地域アンバサダー」となっていくだろう。
イタリアやポーランドでは、ルーツツーリストを「地域アンバサダー」として位置づけ、地元の歴史や特産品の情報発信を期待している。そして、その活動に応える形で、地元側も継続的な支援を行っている。たとえば、特産品を継続購入するアンバサダーに対して、次回訪問時の宿泊割引や、オンラインショップでの永続的な割引制度を提供している。
また、故地の空き家を再生して別荘や二拠点居住に利用する場合には、リフォーム費用の補助を行う例もある。
こうした施策は、単なる観光客誘致のための値引き競争ではない。
それは、世界中に散らばったディアスポラと故郷を、歴史と経済の両面から再び結び直すための投資である。そして、地方再生に不可欠な「関係人口」を着実に増やしていく、未来志向型の地域戦略でもある。
ルーツツーリズムは、一時的な観光消費にとどまらず、長期的なつながりを生み出す可能性を持っている。だからこそ、これからの地方創生において、極めて重要な意味を持つのである。
