ルーツツーリズム 故地側の対応

 地方自治体はルーツツーリストを単なる個人的な趣味でやってくる一時的な訪問者(交流人口) ととらえるのではなく、地域と深い感情的つながりを持つ「関係人口(Relationship Population)を獲得する貴重な機会と考えてもらいたい。

 そこで故地側の自治体には次のような対応を求めたい。

 イタリアでは、「ルーツツーリズムマネージャー」という専門職の育成が進められている。彼らは旅行者の家系を踏まえ、役場や教会のアーカイブ調査を支援し、個人のアイデンティティに深く関わるオーダーメイドの旅程を設計する。沖縄県内の市町村でも、ルーツ調査の相談窓口を設け、1世の出身地や移住時期の特定、親戚探し、お墓探しなどの相談に応じているところがある。ただし、公的機関が個人のルーツ探求にどこまで関わるかは難しい問題である。ルーツ探求というものは極めてプライベートなものであり、なかにははからずも先祖の負の部分が明るみになることもある。複雑な感情をいだくルーツツーリストもいるし、探訪を中止する人もいるかも知れない。先祖探求というものは深く心の底に響くものだが、それゆえ痛みを受けることもあるのだ。そのような先祖と自治体職員の間には、一定の距離を設けるほうが適切であろうというのが私の意見である。日本でもルーツツーリズムマネージャーのような存在を自治体に配置することは、大変に良い。その職員が中心となってルーツツーリストに向けて情報を発信し、来訪した際には体験型や調査型に応じて、これまたよりよい滞在になるよう手助けをする。しかし、とくに調査型においては調査に同行するようなところまでは必要はないだろう。

 ルーツツーリストを関係人口にするためには、十二分な「おもてなし」をすることも重要である。まさに先祖の地へ「おかえりない」と出迎えることだ。

 海外の事例では、特定のイベントに参加してくれたルーツツーリストを故郷の首長がわざわざ出迎えて、歓迎のスピーチをすることもある。また、イタリアや日本のいくつかの自治体では、里帰りした子孫に「名誉市民」の称号や記念の楯を贈ることもしている。

 ルーツツーリストと地元住民との交流を橋渡しするのも、自治体側の大切な役割である。役所が故地の地区会長や古老を紹介し、彼らの話を通じて、ルーツツーリストに先祖の暮らしぶりをイメージしてもらうのである。こういう場を設けることによって、ルーツツーリストは「自分もこのコミュニティの一員である」という強い帰属意識を得ることができるはずだ。

 もうひとつ、自治体側に求めたいのがルーツツーリズムの宣伝活動である。海外では、おもにディアスポラ(故郷を離れた人とその子孫)に直接響く「感情的な訴求」と、最新のデジタル技術を組み合わせた戦略が取られている。 

 たとえばイタリアは、世界に8000万人いるとされるイタリア系移民の子孫に対し、デジタルプラットフォーム「italea.com」を通じて、さまざまな情報提供と優待制度を提供している。これにより、ルーツツーリストは事前の情報収集をオンラインで完了させ、現地を訪れた際にはどっぷりと「情緒的な体験」だけに集中することができる。このような専用サイトがあるひとで、ルーツツーリストは24時間いつでもどこからでも事前調査が可能となる。一方、故地側は来訪者の動線を把握でき、地元商店(Italea Card提携店等)へ誘導しやすくなる。また優待制度や限定体験へのアクセスもスムーズに行えるようになり、両者にメリットがある。

 大規模な「帰還イベント」も各国で開催されている。スコットランドは2014年を「故郷への帰還の年」とし、全土で1000以上の文化・歴史イベントを開催した。アイルランドでは2013年に、国民が海外の親戚に招待状を送るという「草の根」の宣伝手法をとり、世界中から数十万人のディアスポラを呼び戻すことに成功した。日本でも5年に一度、世界中の沖縄系移民の子孫が集う「世界のウチナーンチュ大会」が開催されている。2016年の第6回では43万人が来場し、そのうち約7400人は海外からの参加者だった。

 SNSやYouTubeも盛んに活用されている。たとえば若い世代をターゲットに、子孫が実際に故地を訪れて感動する様子を収めたビデオが作れている。ガーナの「帰還の年(Year of Return)」では、アフリカ系アメリカ人のセレブリティを起用し、SNSを通じて母国への誇りをアピールすることで爆発的な拡散効果を生んだ。

 イタリア・シチリア州にある人口約1万人の町ムッソメーリ は、イタリアのどこにでもある地方の町だが、「Mussomolesi nel Mondo(世界中のムッソメーリ出身者)」というFacebookページを運営し、町の過去の写真や伝統行事の映像など世界中のディアスポラと共有することで、遠く離れた地からも故郷への関心を維持できるように努めている。また、郷土料理や地元の特産品を「先祖の味」としてルーツツーリスト に紹介してもらい、帰宅後も「地域のアンバサダー」として製品を購入・宣伝してもらうこともできる。このような心のこもった応援が得られるのも、ルーツツーリストが単なる一時的な訪問者(交流人口)ではなく、地域と深い感情的つながりを持つ関係人口だからである。今後の地方再生には、この関係人口をいかに増やすかが最も重要となってくる。それにはルーツツーリズムこそが最適なのである。海外ではいち早くそれに気付いている。日本でも同様の活動を早急に開始すべきである。

 イタリアのプロジェクト名「Italea」は、植物の「接ぎ木(Talea)」に由来している。かつて故郷という母体から切り離され、異郷の地で根を張った「枝(移住者)」が、長い年月を経て再び故郷に戻り、再び接合される。このプロセスを通じて、地域には新しい生命力が吹き込まれ、枯れかけていた過疎の村に新たな物語が芽吹くのである。

 たとえルーツツーリストが先祖の暮らしていた当時の記憶を十分に復元できなかったとしても、地元が一瞬でも彼らに「帰ってきた」という実感を与えられたなら、その地域は世界中に熱烈な支持者を持つことになる。自治体が、この「接ぎ木」を支える確かな大地としての役割を果たすことを切に願いたい。

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