海外の家系図企業と日本の家系図会社の違い

 海外大手の家系図企業と日本の家系図会社は、同じ「家系図」を扱いながら、売っているものがまったく違う。

 Ancestry(アメリカ)やMyHeritage(イスラエル)は、数百億件の歴史記録とDNAデータベースを月額・年額で貸し出し、利用者は自分で検索して家系図を組み立てる。一方、日本の家系図会社は、戸籍を集め、古文書を読み、現地を訪ねて家系図を仕上げる調査代行を業務にしている。料金は1件ごとの受注で、成果物は家系図や調査報告書といった「モノ」で届く。

 海外大手の収益の柱は月額・年額のサブスクリプションである。記録が増えれば増えるほど、利用者のもとには新しい「ヒント」が届き、解約しにくくなる。DNA検査は見知らぬ親族とのマッチングを通じて、記録サービスへの入口の役割を果たす。 

 売上ベースで比較すると、海外2社は数千万人に月数千円を課金し、日本の家系図会社は年間数十〜数百件を1件数万〜数百万円で受託する。海外と日本では売上規模と単価がほぼ逆の関係にあり、海外2社の売上は日本の数万倍もある。Ancestryの売上は年に1000億円をゆうに超え、かつてはアメリカの株式市場に上場もしていた。日本の家系図会社が人手を使って依頼者の家系図を製作するスタイルにこだわる限り、海外大手のような規模に成長することはないだろう。

 海外大手の競争力の源泉は、デジタル化した記録の量と、それを読み取るAIである。 Ancestryは今後10〜15年で4.5億ドルを記録のデジタル化とAIに投じるという。国勢記録のような手書き記録の索引作成には従来約9カ月かかっていたが、今後は独自AIによって9日未満で完成させることを目標にしている。

 海外と日本の違いは、経営判断というよりも、記録の制度で決まっている。海外では国勢調査などの古い記録が公開資料として誰でも使えるのに対し、日本の戸籍は本人と直系の親族しか取れない。そのため企業が事前に数百億件の戸籍を集めて検索させるという海外型のモデルが成立しないのだ。

 そのうえ江戸時代以前の古文書は分散している。宗門人別改帳は旧庄屋の家に残る場合もあれば、郷土の博物館や公民館に寄贈されている場合もあり、そもそも現存しないことも多い。所在を探し、所蔵者と閲覧交渉をする作業は、データベース化しにくい「人の仕事」となる。

 DNAに対する関心の差も大きい。日本では家系を「家」の継承(縦の関係)として捉える傾向が強いため、血縁の推定(横の関係)を売りにするDNA検査は主役になりにくいのだ。市場調査会社のGlobal Industry Analystsは、日本の遺伝子系図市場の成長率を年3.6%と、中国の年11.6%より大幅に低く予測している。

 とはいえ、日本も海外に少しずつ歩み寄ってはいる。その分岐点になるのは、日本のくずし字を読むAIの精度向上だ。海外勢は手書き記録の読み取りをAIで約30分の1の時間に縮めた。日本の古文書のくずし字でも同じことが起これば、専門家は「読む」作業から解放され、資料のデジタル化を飛躍的に増やせる。また日本でも自力で調べる人が着実に増えている。広域交付によって、戸籍は最寄りの窓口でまとめて取れるようになったことも追い風になっている。

 限定公開の戸籍を網羅的にデジタル化することは難しいが、日本には戸籍や宗門人別改帳のほかにも藩政記録や村方文書、寺社文書など人口資料は数多い。新聞記事もある。土地記録もある。デジタル化されていない文献記録もまだまだ多い。これらをAIで読み込みデジタル化することができれば、日本でもAncestryやMyHeritageのようなスケールの大きい家系図企業が登場する余地は十分にある。さらに今後DNA調査が普及すれば、日本でも100億円以上の売上をあげ、株式上場するような家系図企業が誕生することも夢ではない。

 世界的なルーツブームが巻き起こっている今。日本でもその波に乗って系図市場をけん引する世界規模の会社が出現することを心待ちにしている。