海外ではメジャーなルーツ雑誌

英米では、先祖調査は園芸や鉄道模型と並ぶ定番の趣味になっており、趣味人口も大変に多い。そのため愛好者向けの雑誌もいくつか発行されている。そのうち米国最大手の『Family Tree Magazine』は有料部数約5.5万部を誇り、調査者が頻繁に訪れる文書館などには必ずといっていいほど置かれている。
海外でこのようなルーツ雑誌がビジネスとして成立する背景には、次のような三つの理由がある。第一は国勢調査や教区簿冊などの記録がオンラインで公開されたことによって先祖を調べる最初のハードルが低くなったこと、第二はDNA検査が国民の15%にまで普及したことにより先祖に関心を持つ人が爆発的に増えたこと、そして第三はテレビ番組が「有名人のルーツ探し」を娯楽にしたことにより、先祖調べがメジャーな趣味として定着したことである。
海外には次のようなルーツ雑誌がある。
Family Tree Magazine(アメリカ)
米国で最も読まれているルーツ雑誌である。1999年にF&W社が創刊した。現在は発行元がYankee Publishingに変更された。年6回の隔月刊である。有料部数は印刷版が50.596部(定期購読48.075部、店頭販売2.521部)、デジタル版が4619部で合計55.215部。過去5年で有料部数が37%伸びたといわれている。読者は73%が女性で、平均年齢は68歳。アンケートでは42%が自分を「初心者」と答えている。
出版元は雑誌のほかに平日配信のメールマガジン(登録者数は約10万人)、ポッドキャスト、オンライン講座「Family Tree University」を持ち、雑誌を核にした教育事業を展開している。
Who Do You Think You Are? Magazine(イギリス)
BBCの同名番組の公式誌として2007年に創刊された月刊誌で、現在はOur Mediaが発行している。発行元は「英国で最も売れているファミリーヒストリー誌」と称している。発行部数は非公開である。少々古い参考値だが、2016年下半期のデジタル版は1.513部発行され、前年比プラス126.5%で順調に成長しているという報告がある。
編集方針は、番組の舞台裏を入口にしつつ、読者が自分で出生・婚姻・死亡記録や国勢調査を読み解けるようにすることに置かれている。平均的な頁数は70頁ほどである。
Family Tree(イギリス)
1984年11月、家系研究家のマイケルとメアリー・アームストロング夫妻が自宅の食卓で作り始めた、英国で最も長く続くルーツ調査雑誌である。2016年からは発行先がWarners Group Publicationsに移り、現在は4週ごと(年13回)に印刷版とデジタル版が出ている。会員制の「Family Tree Plus」では過去号アーカイブやオンライン講座を提供する。部数は公表されていない。
NGS Magazine(イギリス)
全米系図学会(National Genealogical Society :NGS)の会員向け季刊誌である。調査手法、データベース、事例研究、行き詰まりの解き方を扱う中上級者向けの誌面で、読者は約1万人と公表されている。
記事に関して各誌で共通しているのは、読者が自分で先祖を調べられるようにする実践的な記事が中心だという点である。たとえば『Family Tree Magazine』2024年各号の表紙見出しを見ると、典型的な構成がわかる。
中心となるのは記録ガイドで、乗船者名簿、遺産・遺言記録、国勢調査、南北戦争の記録、火災保険地図(Sanborn Maps)などを一つずつ取り上げ、どこで探し、どう読むかを解説する。次に、アイルランド系やイングランド系といった出身国ごとの調べ方を案内するルーツ別ガイドがある。Ancestry、FamilySearch、MyHeritageといった家系図サイトの長所短所の比較、DNA検査のレビュー、tiktokなどSNSの活用法といったツール記事も毎号のように載っている。
調べた成果をどう残すかも重要なテーマになっている。古い写真から先祖の手がかりを読み取る方法、家宝のキルトの保存、読まれる先祖の物語の書き方などがしばしば特集されている。さらに、先祖の故郷を訪ねるルーツ・ツーリズム(ヘリテージ・ツアー)や国立公文書館の支所案内といった旅の記事、国勢調査やエリス島の移民記録(189年から1954年にかけてニューヨーク湾のエリス島(連邦移民局)を経由してアメリカに入国した約1.200万人もの移民の乗客名簿や入国審査の記録 )をまとめた早見表の付録小冊子も、誌面の定番になっている。
イギリスの雑誌はこれに加え、軍歴(第一次・第二次大戦)、救貧院や職業などの社会史、読者が自分の調査体験を語る投稿記事、専門家が読者の質問に答えるQ&Aなども重視されている。『Family Tree』(イギリス)の編集部は、読者の体験談・質問・手紙が誌面のコミュニティ感を支えていると述べている。
これらをまとめると、海外のルーツ雑誌の誌面は「調べ方(How-to)」「時代背景(社会史)」「物語(読者・有名人の発見)」の三本柱でできている。
現在の日本では、まだまだルーツを調べる趣味人口が少ないため、海外のようなルーツ雑誌を発行するには時期尚早の感もあるが、最近は2024年3月に始まった戸籍の広域交付により、ルーツに関心を持つ人が着実に増えているという追い風もある。
もしも日本で先祖調査に特化したルーツ雑誌を発行するとした場合、どのような企画があるかを考えてみた。まず中心となるのは戸籍であろう。巻頭特集は「明治の戸籍を読む」とする。明治19年式、同31年式、大正4年式、昭和23年式戸籍、現行戸籍の違いやくずし字・変体かなの読み方、広域交付の使い方を図解で分かりやすく示す。続く資料ガイドでは、戸籍の先へ進むための手がかりとして、寺院の過去帳、墓石や位牌、宗門人別改帳、村方文書、旧陸海軍の兵籍、樺太・満州などからの引揚者記録、ハワイやブラジルへの移民記録などを順に紹介する。
連載としては、毎号一つの県を取り上げて県立図書館・文書館の所蔵資料と郷土史家を紹介する地域別ルーツガイドが柱になる。苗字と家紋の基礎知識も人気記事になるだろう。先祖が生きた時代の暮らし、たとえば養子や分家、徴兵、出稼ぎ、戦災を歴史研究者が分かりやすく解説する連載も、海外誌の社会史記事に当たるものとして欠かせない。
読者参加の記事も重要である。投稿された家族史を記者が取材して紹介する企画は、いわばNHK『ファミリーヒストリー』の一般人版になる。家系図会社の調査員や歴史家が読者の行き詰まりに答える相談室も設けたい。実用面では、家系図ソフトやアプリの比較、国立国会図書館デジタルコレクションの使い方、古写真のデジタル化を扱う記事と、自分史や家族史の冊子づくり、親への聞き取りのコツ、墓じまいの前に記録しておくべきことを扱う記事などが考えられる。
海外誌ではDNA系図学の記事が多くの頁を占めるが、日本ではその比重を小さくし、代わりに寺院・墓・地域の文書といった「紙と石の記録」を厚くすることになるだろう。
アメリカの読者は平均68歳、女性が73%で、週に平均8時間以上を先祖調査に費やすようなコアな愛好者が雑誌を支えている。日本版でも中心は定年後の60〜70代となるだろう。日本ではさらに、相続手続きで親の出生から死亡までの戸籍を集めた人が、そこで初めて曾祖父母の名前を目にすることが多い。この「戸籍を集めてみて先祖に興味を持った層」を読者にうまく取り込めれば、読者は着実に増えるだろう。
読者は、大きく四つの層に分けられる。第1は60〜70代の定年後の趣味層で、時間ができたことや郷土史への関心がきっかけになる。この層には古文書や過去帳の読み方、地域別ガイドのような記事に興味があるだろう。第2は50〜70代の相続・終活層で、相続での戸籍収集や墓じまいが入口になるため、戸籍の読み方や記録の残し方を扱う記事と相性が良い。第3は30〜50代の子育て・中年層である。子供に家族の歴史を伝えたい、親が元気なうちに話を聞いておきたいという思いがあるため、聞き取りのコツや家族史の冊子づくりの記事が向いている。第4は日本の先祖を探したい海外の日系人である。この層は年代を問わず存在する。約400万人以上ともいう彼らを対象に英語の別冊やウェブ記事、移民記録のガイドを用意すれば、この層も取り込める。
海外のルーツ雑誌は、数万部規模ながら「記録の読み方を教える実用誌」として定着し、講座やメールマガジンと組み合わせて読者を育てている。日本には世界でも珍しいほど連続した戸籍があり、広域交付で入口も広がった。従来の家系図が持つ古いイメージを払しょくし、海外の系図学に基づいた健全なルーツ調査の手助けになる雑誌を企画すれば、日本でも受け入れられる可能性があるだろう。
