先祖を調べると、どうして心が安らぐのか

先祖を知ることは、二つの点で人の心を支えることにつながる。一つは、自分が価値ある家系の一員だという自尊心を育てることである。もう一つは、肉体が滅んだあとも自分の一部が家系という流れの中で生き続けるという「象徴的不死」の感覚を与えることである。この二つが重なり合うとき、先祖をたどる行為は、人間が抱える最も深い不安、つまり自分がいつか必ず死ぬという不安を、静かにやわらげてくれるのだ。
家系図作り、先祖の住んでいた土地をたどる旅、唾液を送るだけで遠い祖先の出自がわかるDNA検査。このような先祖への関心は、いまや幅広い世代の趣味として世界的に定着している。一方で、日本人のお盆の墓参りや仏壇に手を合わせる習慣も、形を変えながら今なお続いている。新しい技術と日本人の古い習慣が、実は同じひとつの願いに向かっていることに気付いているだろうか。
考えてみれば不思議なことであるが、とっくに亡くなり、会ったこともない人の名前や暮らしぶりを知ったところで、今日の生活は何も変わらない。それなのに、曾祖父がどんな仕事をしていたかを知った瞬間、多くの人は胸の奥に何か温かいものが広がるのを感じる。
その感覚は、単なる好奇心が満たされたときのものとは少し違う。自分の足もとが少しだけ固まったような、そして自分という存在が少しだけ大きくなったような感覚を覚える。
人間は、自分がいつか必ず死ぬと知っている唯一の動物である。イヌやネコも危険が迫れば怖がるが、何十年も先に自分の命が終わることを想像して不安になることはない。人間は過去と未来を思い描く力を手に入れた代償として、自らの死という逃れようのない事実を抱えて生きることになった。
この自覚は、放っておけば日常を足もとから揺るがすほどの恐怖を生む。それでも私たちが一日中死を怖れて震えていないのは、人間がその恐怖を無意識のうちにやわらげる仕組みを作り上げてきたからである。文化人類学者アーネスト・ベッカーは、人間の営みの多くが死を拒み、死を超えようとする努力から生まれていると考えた。その考えを実験で確かめようとしたのが、心理学の「恐怖管理理論」である。
この理論によれば、死の不安を防ぐ盾は二つある。
一つ目は、宗教や国や家や価値観のように、世界に秩序と意味を与える共有された信念である。これを「文化的世界観」と呼ぶ。文化的世界観は、天国や輪廻転生のように魂そのものが生き続けるという「文字どおりの不死」を約束する。そして、名前や業績や子孫を通して自分の一部が後の世に残るという「象徴的な不死」も約束してくれる。
二つ目の盾が自尊心である。ここでいう自尊心とは、自分の属する世界の中で、自分が価値ある一員だと感じられる感覚のことだ。自尊心が十分に高いとき、人は死を意識してもあまり不安を感じない。実験で一時的に自尊心を高められた人は、死の映像を見せられても、電気ショックを予告されても、不安の反応が小さかった。逆に、自尊心が傷つくと、死に関する考えが頭に浮かびやすくなることが分かっている。
この二つの盾がどれほど強く人を動かしているかを示した、有名な実験がある。1987年、アメリカ・アリゾナ州トゥーソンの判事22人に、売春の容疑者の保釈金を決めてもらった。その前に自分の死について短い質問に答えた判事は平均455ドルを課したのに対し、質問されなかった判事の平均は50ドルだった。
事実に基づいて冷静に判断するはずの法律家でさえ、死を少し意識しただけで、社会の規範を破った人を厳しく罰する傾向が強まったのである。これによって分かることは、死を意識した人は、自分の拠り所である世界観を守ろうとし、自尊心を正当化し、極めて保守的な立場を取りやすいということである。
象徴的不死のなかでも、もっとも古く、もっとも身近なものが家系である。肉体はいつか滅びる。しかし、自分が過去から未来へと続く鎖の一つの輪であるなら、その輪の連鎖は肉体が死滅したあとも外れることなく続いていくことになる。「家族は永遠」という感覚は、この鎖のイメージに支えられている。
先祖を知ることは、この鎖の過去の端を具体的な姿で取り戻すことにほかならない。先祖の名前や暮らし、体験や信念が今の自分の中に生きていると感じられるとき、人はもう一つのことも信じられるようになる。それは自分もまた、死んだあとに子や孫の心の中で生き続けるだろう、ということである。先祖が自分の中で「生きている」という実感が、自分も未来の誰かの中に「生き続ける」という確信の根拠になるのである。
だからこそ、死者は古今東西の文化の中で特別な位置を占めてきた。パレスチナ東部 にある紀元前8000年前の古代都市エリコの家屋からは、装飾を施された先祖の頭骨が見つかっている。トルコの南アナトリア地方にある約9000年前のチャタル・ヒュユク遺跡でも、人々は顔料を塗った先祖の骨を住居に置いて暮らしていた。古代人にとって死者は遠ざけられるのではなく、生者の暮らしのそばに居場所を与えられていたのである。
日本の仏壇も、同じ役割を担っていたものだといえる。先祖の名を記した位牌は家の中に置かれ、家族は日々それに手を合わせる。そこでは、死んだ人が今でも家族の一員として扱われ続ける。自分もいつかその列に加わるのだという感覚は、死を全ての終わりと考えるのではなく、家族の役割の変化として受け止めさせてくれる。
現代の家系調査も、この流れの延長線上にある。アメリカでは、多くの人がお金と時間をかけて遠い親戚を探し、家系図を拡げようとしている。今では唾液を送るだけで、チンギス・ハンやトマス・ジェファーソン、さらにはネアンデルタール人との血のつながりまで調べられるようになった。手段は骨から位牌へ、位牌からDNAへと移り変わったが、先祖とつながっていたいという願いは数千年変わっていない。
鎖のもう一方の端は、子孫である。自分の死について考えたドイツの被験者は、子供を持ちたいという気持ちが強まった。中国の被験者は、死を意識したあと、子どもの数を制限する一人っ子政策に強く反発するようになった。イスラエルの被験者は、子孫のことを考えると、死に関する言葉を思い浮かべにくくなった。子孫への思いは、死の影を心から遠ざける力を持っているのだ。
家系図を何世代かさかのぼっていくと、ある単純な事実に気づく。そこに並んだ一人ひとりの先祖は、飢饉や戦争、疫病や災害をくぐり抜け、子供を育て上げた人たちだという事実だ。どこかで一人でも途切れていたら、今の自分はいない。自分という存在は、無数の人が生き抜いた結果として、今ここにある。
この気づきは、「自分はたまたまこの世に放り出された、取るに足らない存在だ」という感覚を内面から崩していく。自分は、何百人もの人々が紡いできた物語の最新の一頁だ。そう感じられるとき、人は自分を「意味のある世界の価値ある一員」として認めやすくなる。それはまさに、死の不安をやわらげる自尊心そのものである。
先祖の具体的な物語は、自尊心にもう一つの支えを与える。貧しい農村から都会に出て小さな店を開いた曾祖父、戦中に一人で子供たちを守り育てた曾祖母。そうした話を知ると、「自分にもその強さが受け継がれているのかもしれない」という感覚が生まれてくる。我々の自尊心というものは、自らが成し遂げたことだけでなく、自分がどこに立っているかという足場(家系)にも支えられているのだ。
ここで大切なのは、その足場が家柄の高さとイコールではないということである。心がけたいのは、「誰とつながっているか」より「何を受け継いでいるか」を問うこと だ。有名人との血縁を探すよりも、名もない先祖がどんな苦労をし、何を大切にして生きたのかに目を向けたい。そこで見つかるのは、他人と比べる必要のない、自分だけの足場である。
次に、自分もまたいつか誰かの「先祖」になるのだと考えてみたい。先祖の物語を読むことは、人は生まれ、生き、死んでいくという当たり前の事実を、自分の家族の姿を通して静かに受け入れる練習になる。そう考えると、先祖探しは死から目をそらすためではなく、自分の死を自分の人生の一部として見つめるための営みに変わる。
また、血縁をさかのぼればさかのぼるほど、誰もがどこかでつながっていることにも気づく。自分の家系だけが特別ではなく、すべての人がそれぞれの生き抜いた先祖を持っている。その事実は、「我々」と「彼ら」の境界をゆるめ、他人の来歴にも敷意を払う心を育ててくれるだろう。
アメリカの精神科医ロバート・リフトンは、人が死を超える感覚を得る道を五つに分けた。その一つに、子孫や家系、民族とのつながりによって自分を超える「生物社会的超越」がある。先祖をたどることは、誰にでも開かれた、もっとも身近な死を超越する方法だといえるだろう。
