系図証明基準が生まれた背景と日本にも必要な理由

 系図証明基準(Genealogical Proof Standard、以下GPS)とは、先祖調査から導き出した人物関係や親族関係の結論が、どの程度信頼できるかを判断するための研究上の指針である。アメリカの系図学者認証委員会 (Board for Certification of Genealogists、以下BCG)が中心となって体系化したもので、何を根拠にその人物を先祖と判断したのかを第三者が検証できるようにすることを目的としている。

 GPSの要素は以下の5つからなる。①合理的に網羅的な調査、②完全かつ正確な出典の提示、③証拠の分析と関連付け、④矛盾する証拠の解決、⑤論理的な結論の記述、である。現在では系図研究の信頼性を支える基本的な考え方として、海外では広く知られている。


 欧米の系図学は、初めから厳格な史料批判を行っていたわけではない。とくに近世から近代にかけては、系図は家族の記録だけでなく、貴族身分、相続、土地所有、社会的地位、家の名誉を示す道具でもあった。そのため「名門につながること」自体に大きな価値があり、王侯貴族、古い騎士階級、著名人物などにつながる系譜が数多く作られた。

 ここで問題となったのは、史実と家伝・伝説・推測との境界が曖昧だったことである。古い系図に記載されている人物が、現代のGPSによって確認された人物と同じように信頼できるわけではなかった。それでも、由緒ある家系図という形式を備えているだけで、後世の人々から事実として受け取られる場合があった。

 19世紀のアメリカでは、祖先への関心が社会的地位への関心と結びつき、名門の血統を求める需要が高まった。ピューリタン(Puritan、清教徒)、バージニアのキャバリア(Cavalier、イングランド国王チャールズ1世を支持した王党派紳士)、メイフラワー号(Mayflower)の乗客など、歴史的に特別な意味を持つ集団の子孫であることが、一種の社会的ステータスとなったのである。こうした需要に応じて、職業的な系図家が活動するようになり、系図の商業化も進んだ。

 しかし、そのような状況下では、誤った人物同定、根拠のない親子関係、伝承の誇張などが広がる危険があった。なかには、意図的な偽造も存在した。代表例として知られるのがガスターヴ・アンジュー(Gustave Anjou)である。彼は19世紀末から20世紀前半に活動し、数多くの系譜を作成した人物だが、後世の研究によって、その中に架空の人物や根拠の乏しい系譜が含まれていることが明らかになった。日本でも江戸時代に偽系図の『大系図』や偽書『江源武鑑』を著した沢田源内、大量の偽文書を執筆した国学者の椿井政隆などが知られている。このような時代は海外にも日本にもあり、まさに「系図の暗黒時代」であった。作られた家系図の多くは学術的な検証に耐えうるものでは到底なかった。

 さらに問題を深めたのは、誤った系図が一度出版されると、それが後の研究者によって引用・転載され、別の系図やデータベースに取り込まれることである。こうして、最初は一つの誤情報・偽情報だったものが、複数の資料に現れる「既成事実」へと変化していった。忘れてはならないのは古い本に書いてある、権威ある人物や機関が作った、複数のサイトに載っている、といったことだけでは、独立した証拠にはならない点である。


 こうした状況への組織的な対応は、GPS以前から始まっていた。アメリカ系図学者協会 (American Society of Genealogists、ASG )は1940年に設立され、系図学を歴史研究として高い水準に引き上げ、専門家の倫理と能力を確立することを目指した。また、誤解を招く恐れがあった系図業者への対策も進めた。

 次いで1964年にはアメリカの系図学者認証委員会 (Board for Certification of Genealogists、BCG)が設立され、系図研究者の能力を第三者が認証する仕組みが整えられた。ただし、BCGの設立とGPSの制定は同時ではなかった。長い間、BCGでは法律上の「証拠の優越 (preponderance of the evidence)」という考え方が使われていた。しかし、系図研究では数の多い証拠を採用するだけでは不十分であり、資料の作成目的、情報提供者、独立性、信頼性、他資料との関係を分析する必要がある。そこで1997年から2000年にかけて、BCGは系図研究で蓄積されてきた優れた方法を整理し、GPSを体系化したのだ。2000年には系図学の基準をまとめたマニュアルとして公刊され、その後も改訂されている。つまりGPS は突然作られた規則ではなく、長年の課題と優れた研究実践を整理して成立したものなのである。それこそがアメリカの系図学の歩みそのものであった。


 GPSの第一の「合理的に網羅的な調査」とは、自分の仮説に都合のよい資料だけを探さないことである。第二の「完全かつ正確な出典」とは、第三者が同じ資料を確認できるようにすることである。第三の「証拠の分析と関連付け」とは、資料の記述をそのまま信じず、誰が、いつ、何の目的で作成した記録なのかを考えることである。第四の「矛盾する証拠の解決」とは、異なる生年月日や父親名などを都合よく無視せず、なぜ違いが生じたのかを検討することである。第五の「論理的な結論」とは、証拠から結論へ至った過程を文章として残すことである。

 GPSの重要な点は、「分からないことを無理に確定しない」ことにある。証拠が十分なら証明されたと判断し、不十分なら推定、伝承、未確認などの段階にとどめる。源平藤橘などの古い時代の祖先から連綿と続く不確かな系図を作ることよりも、どこまでが確実なのかを明確に示した家系図を作ることの方が、はるかに重要であることをGPSは宣言した。 


 日本には、海外で先祖探求の特急券とよばれる戸籍がある。戸籍を適切に分析すれば、近代の家系については高い精度で人物関係を確認できる。しかし、江戸時代以前へ進むと、過去帳、墓碑、宗門人別改帳、村方文書、藩政資料、寺社記録、古文書、地域伝承など、性格の異なる資料を組み合わせる必要がある。

 この段階で、「家に言い伝えが残っている」「先祖が作った古い系図に書かれている」「同じ苗字だから」「同じ地域だから」といった理由だけで著名な人物との血縁を結びつければ、欧米で問題となった「伝承の事実化」と同じことが起こり得る。

 日本にも、武家や旧家が由緒を示すために名門へつながる系譜を作成した歴史があり、仮冒(血統を偽って他家の子孫を称すること)という問題も知られている。そのため、伝承と史実を区別する仕組みが必要である。

 また、日本版GPSを考える際には、調査成果そのものだけでなく、調査を行う専門家の倫理も重要である。依頼者に対して「伝承を証明する」と約束するのではなく、歴史的に矛盾点があればそのことをはっきりと伝え、史料が残っていない可能性についても説明しなければならない。証明できなかったことを隠して、依頼者の期待に合わせて系図を作ることは、短期的には依頼者に満足を与えても、長期的には誤った家族史を後世に残すことになるからだ。


 ここで日本版GPSが必要な理由を整理すると、第一の理由は、根拠の弱い「神話的系図」の見直しである。自家の主張だけでは、真の血縁関係は証明できないからである。第二は、インターネット上の情報拡散への対応である。出典のない家系図が資料として利用されれば、同じ誤情報が多数のサイトに存在することになり、あたかも複数の独立した資料で確認されたように見える。第三は、系図学を「趣味」だけでなく、後世に検証可能な歴史研究として発展させるためである。日本版GPSを考える際には、アメリカの基準をそのまま使用するのではなく、日本の戸籍制度や江戸期の史料事情に合わせて修正する必要があるが、その基本理念は同じである。十分に調査し、出典を示し、証拠を分析し、矛盾を解決し、結論の根拠を記述する。

 日本版GPSが一般に広がり、先祖や系図を語るときに「証明」「推定」「伝承」「未確認」のような確実性を明記することが常識となれば、利用者はその情報をどの程度信頼すべきか判断できるようになる。先祖同士や親子関係について、出典の有無、証拠の強さ、矛盾の有無を明示するようになれば、家系図は単なる先祖氏名の図表ではなく、調査過程を含む研究成果になる。そのためには家系図を作成した人だけでなく、それを読む側にも「情報の確実性」を判断できる仕組みがぜひとも必要なのである。


 最終的に目指すべきなのは、「古代から続く家系図」ではなく「検証可能な家族史」である。家伝に価値がないのではない。伝承が残っていること自体、家族が過去をどのように記憶してきたかを示す貴重な歴史資料であることは間違いない。だからこそ、その信ぴょう性を正確に示すことが重要なのである。

 欧米の系図の歴史が示しているのは、系図が社会的名誉や家の由緒と結びつくと、伝承や願望が事実として定着する危険が生じるという点である。その苦い経験をへて、専門家の認証制度と研究基準が発展し、GPSが制定された。

 日本でも、これから家系図作りがますます盛んとなり、社会に広く受け入れられて家族史、地域史、教育、相続、土地調査、ルーツ探究、DNA系図などで利用されるためには、アメリカと同じ過程を学ぶ必要がある。

 繰り返しになるが、重要なのは、どれだけ遠くまで先祖を遡れるかではないのだ。それよりも、どこまでが史料によって確認された事実で、どこからが推定で、どこが伝承なのかを明確に示せることなのである。

 今後、そのような家系図が日本でも広まることを期待したい。