系図学者として活躍している弁護士たち

系図学(Genealogy)は、かつては趣味としてのルーツ探しや、歴史上の名家・著名人の家系研究というイメージが強かった。しかし近年、欧米ではそのような枠組みを大きく越え、司法的手続きや歴史的真実の解明に直結する高度な専門職へと進化を遂げている。
その最前線で圧倒的な存在感を放っているのが、法曹資格を持つ「弁護士出身の系図学者(Lawyer-Genealogists)」たちである。法廷で培われた論理的思考、厳格な証拠評価のスキル、そして複雑な法律文書を読み解く能力は、迷宮入りした家系調査を解決に導く強力な武器となる。
そこで、この分野のトップランナーとして世界的に活躍する4名のプロフェッショナルを紹介する。彼らの活躍により、法曹出身者が系図学の世界で比類なき強さを発揮できる社会的・歴史的背景が分かるであろう。
一人目はジュディ・G・ラッセル(Judy G. Russell)である。
彼女はジョージ・ワシントン大学で学士号を取得し、ラトガース大学ロースクール・ニューアーク校で法学位を取得した。その後、記者、法律調査員、弁護士、連邦検察官、法律雑誌の編集者などを経験し、ラトガース・ロースクール (Rutgers Law School)では長年にわたって非常勤講師を務めた。さらに、海外ではプロ系図学者の証明とされる認定系図学者( Certified Genealogist®)や認定系図学講師 (Certified Genealogical Lecturer®)の資格を持つ。
彼女の特徴は、単に「法律を知っている系図家」という点ではない。歴史上の法律は、出生、婚姻、相続、土地、裁判などの制度を通じて大量の記録を生み出す。そのため、「この記録は、なぜ作られたのか」「誰が、何を証明するために作ったのか」を理解しなければ、史料を正確に解釈できない。その点に着目したラッセルは、当時の法制度を理解せずに古い公文書を解釈する危険性を啓蒙し、数多くの系図学者に調査の羅針盤を提供し続けている。
彼女が教える法体系を基礎とした系図学の講座は、系図研究者が法律知識を身につけ、古い法制度や記録の意味を理解するための教育機関として高く評価されている。
二人目はラブレンダ・ギャレット=ネルソン(LaBrenda Garrett-Nelson)である。
彼女は法律実務を極めた後、フルタイムの系図学者へ転身した人物である。ギャレット= ネルソンはジョン・ジェイ刑事司法大学で学び、ニューヨーク大学で法学位および法学修士号を取得。その後、約35年間にわたり税務弁護士(Tax Attorney)として活動したのち、2013年からは本格的に系図学へ転身した。
彼女の主要研究分野の一つが、奴隷制を経験したアフリカン・アメリカン・ファミリーズ(アフリカ系アメリカ人家族 )の歴史である。この研究では、通常の先祖調査にはない困難がある。奴隷制下では、人々が財産として扱われ、姓が記録されなかったり、家族が強制的に分離されたりしたためである。そのため、奴隷制以前・以後の裁判記録、不動産譲渡証書、国勢調査記録などを相互に照合し、分断された家族関係を再構築する必要がある。彼女は法実務で鍛え上げられた文書解析能力を駆使し、奴隷制という法的な壁によって追跡が極めて困難なマイノリティのルーツ解明において、歴史的ブレイクスルーをもたらしている。
系図学者認定委員会(BCG:Board for Certification of Genealogists)の会長も務めた米国系図学界の重鎮でもある。彼女の活躍によって、法律で培った証拠分析、文書読解、論証能力が、そのまま高度な系図学につながることが証明されたのである。
三人目はサラ・ペティファー(Sarah Pettyfer)である。
彼女はイギリスを拠点に活動する法務系図学者である。法学修士相当 (MA in Law)を取得した後、民事訴訟を扱う事務弁護士 (Solicitor)として仕事を始め、その後、家族法を専門とした。
一方で彼女は、長年にわたって自分のルーツを調べていた。この分野では民間の教育機関である紋章・系図学研究所(Institute of Heraldic and Genealogical Studies )で系図学の専門知識を学び、ディプロマ(Diploma in Genealogy)を取得した。これにより弁護士としての緻密な法的バックグラウンドと、歴史的な裁判所記録の専門調査を融合させた独自の調査法を確立したのである。
彼女の特徴は、法律記録そのものを系図資料として読む能力の高さにある。イギリスの歴史系図調査では、不動産証書、荘園裁判記録、大法官裁判所事件などが、人物の同定や親族関係の解明に重要な役割を果たす。その際に、彼女は法律家として身につけた法的文書の構造を理解する能力で、そのまま歴史資料を読み込むことができるのである。イギリス特有の古いコモン・ロー(英米法)に基づく難解な訴訟記録や遺言・相続記録を的確に読み解き、埋もれた親族関係や法的権利の変遷を証明するプロフェッショナルとして活躍している。最近は地域史や家屋史などにも研究領域を広げ、家族史と地域の土地・社会史を結び付けた研究も行っている。
最後はマーク・ケンダル・デイリー(Mark Kendal Daly)である。
彼は ロンドンを拠点とする元弁護士であり、「The Time Sleuths(時の探偵たち)」という調査機関を主宰している。彼は法学士を持つノン・プラクティシング・ロイヤー(Non-Practising Lawyer 現在は弁護士業務を行わない法律家)で、先祖調査だけでなく、遺産・検認調査、相続人探索、法鑑識的調査、DNA系図学、古文書学などを扱っている。
とくにデイリーが有名なのは国際性である。彼はイギリスだけでなく欧州諸国、移民、難民、ディスプレイスト・パーソンズ(Displaced Persons 戦争などによる強制移住者)などを対象に、複数言語の記録を横断して人物を追跡する。このような複雑な調査の際には法律知識だけでは足りない。言語能力、歴史知識、アーカイブ調査、移民史、DNA、古文書読解などを組み合わせる必要がある。その知識を駆使した高度な調査を実施できるのが彼の最大の強みである。
弁護士である彼らが、法務系図学者として活躍できる背景には、個人の能力だけでなく、欧米社会特有の記録制度と、系図学が直面する本質的な課題が深く関わっている。
過去に作成された出生、婚姻、死亡、遺言、土地の売買などのあらゆる公的記録は、作成された「当時の法律」に基づいて作られている。たとえば、かつての英米法には「Coverture(妻の無能力)」という法原則があり、結婚した女性の独立した法的権利は夫に吸収された。この法律を知らなければ、「なぜ当時の土地台帳や契約書に妻の名前が一切出てこないのか」を理解できず、調査は行き詰まる。ラッセルが提唱するように、当時の財産法や家族法を熟知する弁護士は、記録の「存在」だけでなく、「空白(記録がないこと)」の法的な意味をも読み解くことができるのである。
ギャレット=ネルソンが取り組むアフリカ系アメリカ人の歴史など、抑圧されてきた人々の系図調査でも法の理解が不可欠である。1865年の奴隷解放以前、彼らは法律上「人」ではなく「財産」として扱われていた。そのため、彼らの足跡は白人所有者の財産目録、遺言書、譲渡証書といった純粋な法律文書の中に埋もれている。税務弁護士として財産法や税法を極めた彼女のスキルは、こうした無機質な法律文書から人々の命の繋がりを復元する上で、これ以上ない強力な武器となる。
日本のように国民の親族関係を時系列で単一のデータベースにまとめた戸籍制度が存在しない欧米では、個人の生涯を証明するためには、裁判記録、税務記録、不動産証書、教区記録(教会記録)などを自力でパズルのように組み合わせる必要がある。ペティファーやデイリーのように、訴訟記録の構造や公文書館の扱いに長けた弁護士は、膨大で断片的な文書の中から「法的に意味のある証拠」を見つけ出し、一つの系図として再構築するプロセスにおいて圧倒的な優位性を持つ。
また、現代の高度な系図学では、系図証明基準 (Genealogical Proof Standard GPS)と呼ばれる極めて厳格な証拠評価のルールが要求される。矛盾する記録を比較検討し、飛躍のない論理的な結論を導き出すこのプロセスは、法廷で弁護士が証拠を組み立て、裁判官を説得するプロセスと完全に一致している。法曹実務で培われた事実認定と論理的証明のスキルは、そのまま系図学の最高峰のスキルとして直結するのだ。
さらにアメリカの系図学者認定委員会 (Board for Certification of Genealogists. BCG)は、資格試験の課題である研究報告書において、親族関係判定研究を審査対象にしている。プロの系図学者として認められるためには、高度な証拠分析能力が必要なのである。
日本でも海外と同じく弁護士が先祖研究、家系図ビジネスの分野に進出するべきである。現在は行政文書の実務家である行政書士から家系図ビジネスを立ち上げる人が多い。土地の相続業務に関わって家系図に関わる司法書士もいる。しかし、将来的に求められるのは、、「この親族関係は、どの資料によって、どこまで立証できるのか」を説明できる法律の専門家である。
我が国でも今回紹介した4人のように弁護士でありながら、系図学にも精通した人材が求められる。そのような人物が現れれば、これまで難しいとされてきた複雑な相続案件や所有者不明土地の権利者探しに、絶対的な強みを発揮するオンリーワン的な存在になるであろう。また、ラッセル氏のように、年々増加する先祖を調べる愛好者に、法律的な知識に基づいた調査法を教える講師として活躍する場面もあるであろう。ギャレット= ネルソン氏のように家系を探る法律家としてキャリアを積み、全米最大の系図組織のトップに立つような、学界に貢献する人物も出てくるかも知れない。
系図学に興味を持たれた弁護士の方がいれば、お気軽に連絡を頂きたい。お力になりたいと思っている。
