家系図作成に役立つDNA姓プロジェクト

先祖探求に情熱をそそぐ人々にとって、避けて通れないのが「記録の壁」である。古い戸籍が廃棄処分されていたり、お寺の過去帳が失われていたりと、紙の記録だけではこれ以上遡れない限界が必ず訪れる。こうした調査の行き止まりを打破し、文字の調査では到達できなかったルーツを解き明かす鍵として、今「DNA姓プロジェクト」が注目されている。
DNA姓プロジェクト(Surname DNA Project)は、同じ姓(苗字)を持つ男性たちが遺伝子検査の結果を共有・比較し、共通の祖先を特定したり、家系図の空白を埋めたりすることを目的としたプロジェクトである。この同族判定は、おもにY染色体(Y-DNA)の特性を利用して行われる。
Y染色体と姓はどちらも父親から息子へと、ほぼ変化せずに受け継がれるという性質がある。女性はY染色体を持っていないため、このプロジェクトに直接参加することはできないが、自身の父、兄弟、叔父、あるいは父方のいとこなど、同じ姓とY-DNAを持つ男性親族に依頼することで、自身のルーツをたどる壮大な物語に参加することができる。
判定に用いられる2つの主要な指標判定には、Y染色体上の特定の場所を調べるSTRとSNPという2種類のマーカーが使用される。
STR(ショート・タンデム・リピート / 短鎖縦列反復配列)では、 DNAの特定の塩基配列が、何回繰り返されているかを測定する。たとえばATCGが12回繰り返されているなど。STRは数世代ごとに比較的頻繁に変異するため、数百年単位の近い血縁関係の判定に適している。
SNP(スニップ / 一塩基多型)では、 DNAの塩基配列における一文字の変化、たとえばAがCに変わるなどを調べる。SNPの変異は人類の歴史の中で一度しか起きないほど非常に稀であり、変異はすべての子孫に永久的に受け継がれることから、これは、人類の大きな系統図(ハプロツリー)における枝分かれを判定するのに用いられる。
具体的な判定プロセスでは、プロジェクトの管理者が、集まったメンバーのデータを以下の方法で比較し、同族かどうかを判定することになる。まずは遺伝的距離(Genetic Distance)の測定である。2人のメンバーの間で、STRマーカーの値がどれだけ異なっているかを計算する。 もしも、すべてのマーカーが一致し、遺伝的距離が0の場合は、 極めて近い親戚である可能性が高いことを示している。あるいは、37マーカーのうち4以下の違いであれば、遺伝的距離が近いことを示しており、2人は数世代から十数世代以内に共通の祖先を持つ同族である確率が非常に高いとみなされる。
次に一致するマーカーの数に基づいて、 2人の最新共通祖先(MRCA)が何代前にいたかの確率を算出する。37のマーカーを検査して37箇所すべてが一致した場合は、5世代以内に共通祖先がいる確率は約50%、8世代以内では約85%と推定される。調査するマーカーの数を37から67、111、あるいは700などに 増やすと、この時間解像度の精度は段階的に高まり、より正確な同族判定が可能になる。
また、プロジェクト内で十分なデータが集まると、その姓のグループにおいて最も一般的(典型的)な数値パターンであるモーダル・ハプロタイプ(Modal Haplotype)を特定することができる。これが分かると、新しく参加したメンバーはこのパターンと比較することで、その姓の主流の系統に属しているかどうかを簡単に判断することができるようになる。
反対に、同じ姓でありながらDNAのタイプが一致しない場合は、養子縁組、婚外子、母親の姓の継承、 その姓が複数の場所から多発的に発生したことなどが考えられる。あるいは、姓が違うのにDNAが一致するというケースもあり得る。そのときは先祖が何らかの理由で姓を変えたか、2つの姓が誕生する前(西洋の場合は約800~1000年前)に共通の祖先がいたことを示している。
DNA姓プロジェクトはFamily Tree DNA (FTDNA) などのプラットフォームを利用して行われ ており、現在1万2350件以上ものプロジェクトが登録されている。このプロジェクトの最大の特徴は、企業や学術機関ではなく、同じ姓を持つ「ボランティアの管理者」によって主導されているである。そういう管理者のもとで、同じ姓を持つ世界中の人々がDNAデータを共有し、先祖情報を照らし合わせることで、文書の記録が途切れた先にある「共通の祖先(MRCA)」を科学的に特定できるのである。
アメリカに住むウィリアム・ヒーリーさんは、先祖のマイケルが150年前にアイルランドから移民してきたことは知っていたが、アイルランドのどこから来たのかを示す文書は一切残されていなかった。しかし、ヒーリー性プロジェクトに参加したことで、アイルランドのキルケニー州に200年以上住み続けているトム・ヒーリーさんとDNAが一致していることを知った。これによりウィリアムさんは、自身のルーツがキルケニー州にあることを突き止め、調査すべき地域をピンポイントで特定することができたのである。DNAは、記録が消失した移民の歴史や、父親が不明な家系における「失われたパズルのピース」を埋める決定的な役割を果たしている。
日本ではDNAを先祖探求に利用する機運がまだまだ高っていない。しかし、DNA姓プロジェクトのような使われ方が、世界基準となりつつある。日本でも近い将来には、文書中心の調査からDNAを分析する調査に進展することを期待したい。DNAを使うことにより、記録から消え去った家族の絆をつなぎ直し、人類の壮大な歴史を再構築するプロジェクトへの参加の道も開かれるはずだ。
文字情報の壁に突き当たったとき、あなたの遺伝子の中に刻まれた事実が、数世紀前の先祖へと続く道を照らしてくれるかも知れないと思うと、歴史ロマンを感じるではないか。
