ふるさと納税とルーツツーリズムの関係

 2008年に始まったふるさと納税は、納税者が自らの意思で応援したい自治体を選び、都市部と地方の税収格差を緩和する制度として創設された。しかし現在、その運用は理念から乖離しているといわれる。寄付先を選ぶ基準は「応援したい地域」ではなく「還元率の高い返礼品」へと移り、自治体間の返礼品競争が過熱した結果、返礼品代やポータルサイトへの手数料といった募集経費が寄付額を圧迫し、地域に残る財源は目減りしていった。東京都などの都市部からは住民税収が流出し、行政サービスへの影響も懸念される。制度は「実質2000円で特産品を買う仕組み」、すなわち「官製通販」とまで揶揄されている。

 この問題の根源にあるのは、寄付者と地域との間に、金銭以外の結びつきが存在しないことにある。本来の趣旨である「その地域を応援したい」という精神的なつながりがなければ、どこに寄付するかという選択の基準は返礼品の魅力と損得しか残らない。それでは、いくら制度のルールを厳しくしても、返礼品競争は形を変えて再燃するだろう。必要なのは、その地域に寄付をしたいと思う「地域への愛着」なのである。

 その思いを喚起させるのに有効なのがルーツツーリズムである。はじめて訪れた過疎の集落であっても、その地が「自分という存在の物語が始まった場所」と分かった瞬間、ありふれた里山の風景が「私のふるさと」へと変わる。この感動こそが、地域と継続的に関わり続ける「関係人口」 の創出であり、ふるさと納税の寄附の動機となるべきである。


 ルーツツーリズムは、ふるさと納税を三つの点で正常化する。

 第一に、寄付先の選択基準が変わる。ポータルサイトのランキングではなく、自らのルーツこそが寄付先を選ぶ指針となる。

 第二に、使い道が具体化する。その地に残された古文書の保存、荒れた墓地や郷土資料館の整備、失われつつある伝統行事や郷土料理の継承、昔ながらの景観の保全など、祖先に連なる文化遺産を守る使途が選ばれ、寄付は寄附者のアイデンティティと密接にむすびつき、自己の存在の物語を形として後世に残すことにつながる。

 第三に、返礼品の重要度が下がる。豪華さは二の次であり、寄付金が課題解決に直接使われること自体が報酬となる。結果として自治体は消耗戦から解放され、経費率を下げて実質的な財源を確保できる。

 ふるさと納税の動機として、ルーツツーリズムを利用する効果は寄付だけで終わらない。寄附者はその地を再三訪問し、疎遠だった親族と交流し、伝統の祭礼に参加し、地域産品を買い続け、その地域の良さをSNSで発信し続ける。現在の一回限りの返礼品消費が、長期の経済効果と人的交流へ置き換わるのである。

 地方自治体はぜひとも返礼品のひとつに、ルーツツーリズム関係の使い道を設けてもらいたい。前述した記録の保存や施設の整備だけではなく、たとえば、寄附することでルーツ住民票のようなものを受け取れ、それを持って地域を訪問すると、通常では体験できないような地域の歴史や伝統を体感できるなど、アイデア次第である。

 アイルランドが2013年に実施した国家プロジェクト「The Gathering」では約27万人が祖先の地を訪れ、帰国後も各地の応援団となった。イタリア・シチリア州は移民の子孫を「帰郷者」として迎え、空き家活用政策へとつなげている。スコットランドもディアスポラ政策により地域産品の購入や文化活動への支援を継続的に得ている。日本にも300万人(500万人という推計もある)を超えるとされる海外日系人がおり、郷土誌や記録を多言語でデジタル公開すれば、インバウンドと結びついた関係人口を世界へ広げることもできるだろう。

 東京都へのふるさと納税も実施すべきである。江戸時代の江戸には50万もの町人が住み、旗本や御家人などの幕臣も約3万家、その家族や家来家族も含めれば10万近い武家関係人口もいた。その子孫は現在相当な人数になっていると思われるが、彼らが東京都にふるさと納税を行い、東京都はその財源で江戸町人文化の伝統保存や幕臣の記録保存などに活用してほしい。


 ふるさと納税は地方の活性化にとって不可欠な制度である。しかし、必要なのは、物を通じた地域との関係ではなく、心や精神による地域とのつながりを取り戻すことである。ルーツツーリズムは、「お得だから寄付する」を「自分の物語につながる地域だから応援する」へと転換させる。それは制度を本来の地方応援税制へ回帰させると同時に、過疎地域に持続的な支え手を生み出す、最も本質的で持続可能な解決策でもある。