先祖探求とボランティア活動

家系図と聞くと、多くの人は「自分の家のご先祖様を調べて、家族だけで大事にしまっておくもの」と思うのではないだろうか。日本では実際にそうした受け止め方が一般的である。ところが海外、とくに欧米では事情が違う。系図学(Genealogy)は歴史学や図書館・公文書館の仕事と深く結び付き、たくさんの市民が参加する「みんなのための活動」として発展してきた。
つまり、先祖を調べる知識や技術が、自分の家のためだけでなく、他人のため、地域のため、社会のために使われているのである。
そもそも海外の系図学は、王族や貴族、有名な家柄の血筋を記録し証明するために研究されてきた。一般の庶民には縁のないものだったのである。
それが近代になって国勢調査、公文書館の仕組みが整うと、一般の人でも自分の家族の歴史を調べられるようになった。さらに20世紀の後半にコンピュータとインターネットが広まると、状況は一変する。FamilySearch、Ancestry、MyHeritage といったオンラインサービスが膨大な史料を公開し、専門家でなくても家族史の研究に参加できるようになった。こうして系図学は一気に身近なものになった。
そして重要なのは、この過程のなかで系図学が「自分の家族を調べる活動」から「地域の歴史を守る活動」へと広がっていったことである。
欧米でこうした活動が根付いたのには理由がある。公文書館、図書館、大学、地域の系図協会が長年協力し合い、市民が知識を学びながら参加できる環境を作ってきたからである。アメリカでは全米系図学会(National Genealogical Society )や各地の系図協会が初心者向けの講座や相談会を開き、経験豊富な研究者がボランティアとして教えている。イギリスでも公文書館や図書館が調査講座を開き、市民が資料整理や索引作りに参加している。さらにインターネットの普及で、こうした活動は世界規模に広がった。
代表的な事例としては、まず RAOGK(Random Acts of Genealogical Kindness)がある。直訳すれば「系図学における無償の親切」。2000年頃に始まった国際的なボランティア・ネットワークである。最盛期にはアメリカを中心として全世界に数千人のボランティアがいたこともあるが、現在(2026年)は千人ほどが登録している。
使い方だが、たとえば「祖父のお墓を確認してほしい」「その地域の古い新聞記事を調べてほしい」といったお願いを出すと、その地域に住むボランティアが代わりに墓石を撮影したり、図書館や公文書館で資料を調べたりしてくれるのだ。基本的に無料で、交通費くらいの実費を負担する程度である。遠くに住んでいて自分では行けない人にとって、これほどありがたい協力はない。長年かけて身につけた調査の技術を、お金もうけではなく他人のために使う。そこにこの活動の価値がある。

次に BillionGraves である。
これは世界中のお墓を記録するデジタルアーカイブである。これまでの墓地調査は写真を撮って終わりということが多かったが、この活動では GPS の位置情報、写真、墓石に刻まれた文字、そこに眠る人物の情報をまとめて記録する。特徴は、スマートフォン一台あれば誰でも参加できることである。お墓に行ってアプリで撮影すれば、それがそのまま世界中の研究者が使えるデータベースになる。専門家だけでは絶対に集めきれない量のデータが、市民の手で作られてきた。お墓は風化したり、地震や洪水、都市開発で失われたりする。「なくなる前に記録しておく」という文化財保護の役割も担っている。
Find a Grave も墓石の情報を共有する世界最大級のサイトだが、BillionGraves がお墓そのものを中心にしているのに対し、こちらは人物を中心にしている点が違う。一人の人物について、墓石の写真、生まれた年と亡くなった年、簡単な経歴、家族関係、お墓の場所などを登録できる。面白いのが写真リクエスト制度で、「この人のお墓を探して撮影してほしい」と頼むと、近くに住むボランティアが現地で撮って送ってくれる。海外には戸籍制度がなく、お墓も家単位ではなく個人墓で建立されるため、死亡から時間が経過し、埋葬地を離れてしまうと、先祖のお墓のありかが分からなくなってしまうことが多い。しかし、この制度を利用すれば、海外に住んでいる人でも祖先のお墓を確認できるわけだ。しかも、このサイトには有名人だけではなく、一般の人々のお墓も数多く記録されており、結果として地域の歴史を調べるうえで欠かせない資料になっている。
FamilySearch は、末日聖徒イエス・キリスト教会が運営する世界最大級の家族史データベースで、各国の公文書館や図書館、政府機関と提携して数十億件もの歴史資料を公開している。ここで行われている代表的なボランティア活動が インデックス(索引)作成である。これは古文書の画像を見ながら、そこに書かれた人名、地名、生年月日、結婚した日などをパソコンで入力していく作業である。入力されたデータは別のボランティアが確認し、さらに審査担当者がチェックするという三重の体制になっていて、これが高い正確さを支えている。最近は AI による文字認識も導入されているが、読めないくずし字も結構あるため、最終確認はやはり人間が行っている。日本でも同教会員を中心に多くの人がボランティアに参加している。AIと市民が協力し合うモデルとして、世界的にも注目されている。
もう一つ興味深いのが Genealogy Help Desk(系図相談デスク。参考例 アメリカ・ジョンソン郡立図書館 の系図ヘルプデスク Johnson County Library - Genealogy Department)である。欧米の公共図書館や公文書館では、これがごく当たり前のサービスとして定着している。アメリカでは多くの図書館に系図資料室があり、訪れた人は無料で家系調査の相談ができる。相談に応じるのは図書館の職員だけではない。系図協会の会員、引退した歴史研究者、経験豊富な家系研究者、公文書館のボランティアなどが担当することも多い。質問の内容は、家系図の作り方から国勢調査の使い方、教会の記録の探し方、移民や軍隊の記録の調べ方、DNA を使った系図研究まで幅広い。
ここで注目したいのは、これが単なる相談窓口ではなく、初心者が調べ方を学び、経験者がその知識を後輩に伝えていく「学びの共同体」として機能している点にある。相談する側だった人が、やがて相談される側になる。この循環こそが、欧米の系図学の分厚い愛好者層を支えてきた活力なのである。

アメリカ・カリフォルニア州を拠点とする Olive Branch Connections という非営利団体は、「祖先を知ることが人生を変える」という理念を掲げ、家系図を作ること自体ではなく、家族史によって人を支援することを目的としている。「すべての人には、自分のルーツを知る権利がある」という言葉が、その考え方をよく表している。
支援の対象は先祖探求の愛好家ではない。家庭内暴力の被害者、住む家を失った女性、児童養護施設で育った人、里親家庭で育った若者、家庭が壊れる経験をした人、人身売買の被害者、家族と縁が切れてしまった人などである。こうした人たちは「自分は誰なのか」「どこから来たのか」という感覚を見失いやすい。その心の空白を、家族の歴史によって埋めようとしているのである。
作られるのは単なる家系図ではない。公文書、新聞記事、軍の記録、墓碑、国勢調査、移民の記録などを丹念に調べ、祖先の人生を一冊の物語としてまとめる。曾祖父が戦争を生き抜いたこと、移民として苦労を重ねたこと、貧しさのなかで家族を守り抜いたこと。そうした出来事を、きちんとした資料にもとづいて描き出す。祖先を「名前の並んだリスト」としてではなく、確かに人生を歩んだ一人の人間として伝えるのである。判明した文書や写真、地図をまとめたフルカラーの本を作って本人に贈るほか、印象的な祖先の生き方を「子孫へ宛てた手紙」の形に書き起こし、俳優が朗読した音声を添えることもある。目と耳の両方から心に届くよう工夫されている。
この団体が注目される最大の理由は、心理学と結び付いている点である。アメリカ・エモリー大学で心理学を教えるマーシャル・P・デューク(Marshall P. Duke )教授らの研究によれば、家庭のなかで祖先の物語を聞いて育った子どもほど、自分を肯定する気持ちや、困難から立ち直る力(レジリエンス)、家族の一員であるという感覚が強いことがわかっている。この団体はその研究成果を実践に応用しているのだ。祖先が苦しい時代を乗り越えてきたと知ることは、「自分にもきっとそれができる」という希望につながると考えられているのである。ここでは系図学が、歴史を調べる学問としてではなく、人の心を支える手段として使われている。
そしてこの活動を支えているのは系図学者だけではない。全国の先祖探求愛好者がボランティアとして、調査、資料集め、家族史の執筆、写真の整理などを担当している。自分が習得した専門知識を福祉の現場に提供するという、新しいかたちのボランティアが生まれているのである。
このほか海外ならではの事例として、DNA Doe Projectという団体は、身元のわからない遺体のDNAデータから家系図をたどって身元を突き止め、警察に情報を提供している。亡くなった人の尊厳を取り戻し、遺族に区切りをつけてもらうための活動である。またアメリカ国立公文書館の「市民アーキビスト」事業のように、整理されていない歴史資料に市民ボランティアがタグを付けたり文字を書き起こしたりするプロジェクトも各国に広がっている。
これまで見てきた活動を比べると、五つの共通点が見えてくる。
第一に、専門の研究者だけでなく一般の市民が主役になっていることである。第二に、クラウド、GPS、AI、デジタルアーカイブといった情報技術を積極的に使っていることである。第三に、図書館、公文書館、教会、墓地の管理団体、学校、大学など、いろいろな組織と手を組んでいることである。第四に、教育の機能を持っていることである。参加すれば初心者は調べ方を学べるし、経験を積めば今度は教える側にまわる。知識がぐるぐると循環していく。第五に、成果を社会に返していることである。家族の歴史は個人の持ち物ではなく、地域の文化や教育、福祉、文化財の保護に役立てられている。
一見ばらばらに見えるこれらの活動は、「先祖探求(系図学)を社会に還元する」という一点で共通している。海外で今おこなわれている系図学は、祖先を調べるだけの学問ではなく、歴史資料を守り、文化遺産を保存し、教育や福祉、地域づくりを支える公共的な活動へと育ってきているのである。

日本には、実は世界的に見てもきわめて豊富な家族史の資料が残っている。寺の過去帳、宗門人別帳、検地帳、名寄帳、村方文書、藩政資料、近代の戸籍、兵籍簿、学校の記録、旧土地台帳や地籍図など数多い。最近では国立国会図書館デジタルコレクションや国立公文書館デジタルアーカイブ、各自治体のデジタルアーカイブなど、インターネットで見られる資料も急速に増えてきた。
しかし、これらを生かすにはいくつかの壁がある。
第一に、資料がばらばらに置かれていることである。戸籍は市町村、過去帳はお寺や檀家宅、古文書は博物館や個人の家というように管理する人が違うため、まとめて活用するのが難しい。第二に、人手が足りないことである。地方の歴史研究会や郷土史の団体では高齢化が進み、古文書を読める人、資料を整理できる人が減っている。第三に、市民が参加する仕組みが十分ではない。資料の保存やデジタル化は専門機関任せになりがちで、市民が長く関わり続けられる制度はほとんどない。第四に、倫理と差別の問題がある。日本には戸籍制度や個人情報保護法があり、根深い差別問題もあるため、出身や家族に関する情報はきわめて慎重に扱わなければならない。そのため海外の活動をそのまま持ち込むことはできない。日本の法律や文化に合わせた工夫が必要である。
そのような乗り越えなければならない課題はあるが、日本でも全国規模の「(仮称)先祖探求ボランティアネットワーク」を作ることは可能だろう。この組織と図書館、公文書館、博物館、大学、自治体、地域の歴史研究団体などが協力し、系図学の成果を社会に還元することを目指す仕組みである。
五つの活動が考えられる。
第一は史料保存である。古文書を活字に起こし、人名の索引を作り、OCRで読み取った文字を校正し、写真資料を整理し、地図や絵図をデジタル化する。FamilySearchのインデックス(索引)作成を参考に、日本版の共同作業システムを構築するのである。
第二は現地調査支援である。RAOGKにならい、菩提寺の確認、墓地の調査、地方の資料館や文書館での閲覧、郷土資料館での写真撮影、古地図の確認など、遠方の人には難しい調査を地元のボランティアが手伝うのだ。全国の会員が助けあえば、調査にかかる費用も時間も大幅に減らせる。
第三は墓碑・文化財保存である。BillionGravesの発想を応用し、墓碑、五輪塔、板碑、石仏、記念碑、供養塔などを記録する。写真を撮るだけでなく、位置情報、建てられた年代、刻まれた文、建てた人まで記録すれば、地域の文化財データベースとして使える。日本では近年、無縁墓や改葬、墓じまいによって失われる墓碑が増えており、この活動の意義は大きい。
第四は相談支援である。Genealogy Help Deskを参考に、図書館や公民館で「先祖探求相談会」を開くのだ。戸籍の取り寄せ方、古文書の読み方、国立国会図書館デジタルコレクションの使い方、家系図ソフトの操作、後で述べる調査基準の基礎などを指導する。初心者を育てると同時に、愛好者の知識を広く市民に伝えることができる。
第五は家族史・ルーツ支援である。Olive Branch Connectionsのような活動を想定したいが、日本では個人情報や出身にまつわる配慮が欠かせない。あくまで本人が望み、同意していることを前提とし、先祖情報を立ち直りに利用する。その際には、当然ながら福祉や教育、心理の専門家と連携して進めるべきである。そのほか、高齢者の人生の記録づくりの手伝い、児童養護施設を出た人のルーツ探しの支援、海外に住む日系人の先祖探求のお手伝い、災害で失われかけた家族の資料の整理、希望する人の家族史づくりの支援などが考えられる。
ただし、こうした活動が社会から信頼されるには、系図に対する信頼を回復する必要がある。そのためには海外の系図学が調査の質を保つために定めた系図証明基準(Genealogical Proof Standard(GPS))を是非とも普及させなければならない。これは、できる限り徹底的に資料を調べること、出典を正確にすべて示すこと、集めた情報を分析して突き合わせること、矛盾があれば解決すること、根拠のある結論を示すこと、という五つの原則からなる。この考え方を参考にした調査基準や倫理指針を日本でも整えれば、系図の証明、推定、伝承は明確に区別されるようになり、ボランティアの活動の質はぐっと高まるはずである。そうすることによって時間はかかるだろうが、社会の家系図に対する偏見、歴史家の信ぴょう性に対する疑義も、じょじょになくなることを期待したい。
人は誰でも歴史のなかを生きているわけだが、先祖の歴史を知ることは、ただ昔を懐かしむことではない。今の自分を深く理解するため、自分とつながっている先祖の営みの歴史を掘り起こし、未来へ受け渡していくことである。そしていま、海外の系図学は、先祖を探し当てたり、親と子のつながりを証明する学問から、社会を支える学問へと変わりつつある。日本でもそのような活動が芽生えることを願いたい。
