家系図を自分で作る人と業者に依頼する人の違い

 海外では、先祖に関心を持つ人の属性が調査されており、その結果は世界共通の傾向を示している。性別は女性、年齢層は50代以上、収入は中流以上、学歴が高い層が多く、人種別では白人が圧倒的多数を占める。会員数1万人以上を擁する全米系図学会(National Geneological Society )の役員やスタッフも多くが女性である

 なぜ女性のほうが先祖に関心を持ちやすいのか。欧米では「家に関わることは女性のテリトリー」という考え方が根底にある。ホームパーティを主催するのも、家財を管理するのも主婦の役割とされる。先祖もまた「家に関わるもの」と位置づけられているのだろう。

 女性の多さは、さまざまな場面に表れている。世界各地の系図協会の集会では、男子トイレを女子トイレに転用するほど女性会員が多い。愛好者を支援する図書館司書、博物館学芸員、文書館アーキビストにも女性が多く、先祖調査関連書籍の著者も女性が男性を上回る。家の歴史をまとめた冊子に「おばあちゃんから伝わるレシピ」が入っていることも多い。

 一方、日本では伝統的に、家系図は男性が管理するものとされてきた。先祖祭祀は家を継いだ男性の役割であり、家系図は自らの社会的立場を証明する書類として使われることもあった。そのため家系図は男性が作り、家を継ぐ男子に伝えるものと考えられてきた。

 その影響で、かつては男性の愛好者が多かった。私が約30年前にカルチャーセンターで先祖探求の常設講座を開いた際も、受講者の80%は男性だった。しかし状況は変化した。女性の受講者がじょじょに増え、現在では男女比が逆転し、女性が70%に達しているのだ。日本の系図愛好者の比率も、ようやく世界標準に近づいたということである。


 男性と女性では、家系図への向き合い方にも違いがある。男性はやはり家柄にこだわる傾向が強く、武士であった先祖を熱心に調べたり、社会的に成功した先祖や多くの記録を残した人物を追跡したりする。あらかじめそうした先祖がいたことを知ったうえで、その人物についてまとめたいという人が多い。

 一方、女性はほとんど先祖のことを知らない状態から調査を始める人が多い。先祖の地位や身分にこだわるというよりも、先祖がどのような人生を歩んだのかをたどりたいという思いが強い。男性の家系図はどこかで封建時代の家制度を引きずっている傾向があるが、女性は純粋に先祖探求そのものを楽しんでいる印象を受ける。

 もちろん女性でも先祖の身分や地位にこだわる人はいる。ただしその場合、男女を問わず、父祖からその先祖の話を聞かされている人が多い。そのような人たちは先祖を深く知ることを「父祖から託された家の宿題」のように感じて調査に取り組む。父祖から聞いた先祖の話に触発されて調査を始める人は、実に多い。


 先祖探求に興味を持ち始める年代は、日本も海外も50歳以降という傾向がある。若い頃は何の関心もなかったのに、50歳を過ぎた頃からなぜか先祖に惹かれるようになったという人は多い。理由を尋ねても明確な答えは返ってこない。本人にも、なぜそんな心境の変化が起きたのか分からないのである。

 これについて、オーストラリアで800人の系図愛好者から聞き取り調査をした心理学者のスーザン・ムーア氏( Susan Moore )が興味深い研究結果を発表している。中年以降に先祖への関心が芽生えるのは、自分の中で失われたものを穴埋めする行為だというのだ。人は年を取ると、若さを失い、体力が低下し、病気になり、親しい人と死別する。多くの喪失を体験するたび、心に空ろな穴があく。この穴は大金を積んでも埋まらない。物質的なものでは決して埋まらないその穴が、先祖を調べて見知らぬ家族を発見することによってのみ埋まる——というのである。老いと別れの痛みを、先祖調査が和らげてくれるわけだ。

 かつて日本の歴史学者奈良本辰也氏が、先祖探求のブームは社会不安と一致すると指摘したことがある。幕末に先祖ブームが起こり、明治後期の日露戦争のころにもブームがあった。太田亮博士が『姓氏家系大辞典』を刊行した昭和10年代も社会は暗い時代であり、戦後の昭和40年代後半に起きたブームはオイルショックと重なっている。人は、心の喪失感や社会不安をきっかけにスイッチが入り、自らのアイデンティティの原点である先祖を確かめたくなるのかもしれない。


 家系図を業者に依頼するのはどんな人かというと、男性が多く、年齢はやはり50代以降。家系図は高額なため、会社経営者や医師など生活に余裕のある層が中心となる。50代や60代の男性はまだ働き盛りで仕事に忙しく、じっくり調べる時間的余裕がない。それも業者に依頼する動機だろう。また男性はすでに述べた通り特定の先祖の事蹟に強くこだわることが多く、自分で調べたが壁にぶつかり、最後は業者に託したいという人もいる。

 高額案件の依頼は年々難易度が上がっている印象がある。家系に関する情報が増え、自分で熱心に調べる人が増えた結果である。こうした依頼が増えれば、調査スキルの乏しい業者は生き残れないだろう。

 依頼者の居住地は、東京・神奈川・埼玉・千葉の南関東だけで50%に達する。人口が多く所得も高いため、高額な家系図を頼む人が多いのは納得できる。

 さらに重要なのは、南関東の住民の多くがディアスポラ(Diaspora=故郷を離れた人々)である点だ。家系図は、先祖代々同じ土地に住む人よりも、故地を離れて他所へ移り住んだ人のほうが必要とする傾向が強い。代々同じ土地に住む人は、自分の家の歴史を自分以上に詳しく知る者はいないことを承知しているし、これ以上調べられないという限界も知っている。そのため業者に依頼することはほとんどない。依頼するとしても、先祖探求より「家の歴史をまとめたい」「次世代と先祖情報を共有する良い方法を知りたい」という要望が強い。都会のディアスポラは家系図を求め、故地の旧家は家史をまとめたがるというわけである。

 北海道の人々もまたディアスポラである。人口は全国の約24分の1にすぎず、人口比なら依頼者の全体の5%以下となるはずだが、実際は15%程度が北海道人だろう。次いで、やはりディアスポラの多い大阪・名古屋・福岡といった都市部からの依頼も多いはずだ。

 以上を踏まえると、ターゲットとすべき層は目的によって分かれる。業者が家系図の注文を取りたいのであれば、都市部に住むディアスポラ子孫、とくに男性の心に刺さるフレーズを使い、その心をくすぐるようなキャンペーンを実施すべきである。一方、先祖探求セミナーの受講生やコミュニティの会員を広く募集したいのであれば、中年女性をメインの対象にすべきだろう。

 女性の宣伝効果は計り知れない。日本でも欧米並みに女性愛好者が増えれば、彼女たちの口コミによって大きなうねりが生まれ、ブームが起こるかもしれない。


 先祖に強い関心を持つ人の割合は、30人に1人といわれる。この1人は週に8時間以上を先祖調べに使い、ある程度の出費もいとわないコアな愛好者である。海外では「親戚が30人集まれば、そういう人が1人はいる」といわれている。

 アメリカの人口は約3億人であるから、この比率ならコアな愛好者は1000万人存在することになる。実際、アメリカ最大の系図プラットフォームを運営するAncestry.comは200万人の有料会員を抱え、年間1000億円以上を売り上げている。同じ計算を日本に当てはめると、人口約1億2000万人に対してコア層は約400万人。そのうち5分の1がAncestry.comのようなプラットフォームに入会すると単純計算すれば、約80万人が有料会員になる。日本におけるルーツビジネスの規模感が、これでおおよそながら想像できるだろう。なお当然ながら、もっとライトな関心を持つ人の数はこれをはるかに上回る。


 最後に若者の取り込みは、なかなか難しい。欧米で若者の多くが先祖探求に興味を持つようになったのは、2007年にDNAが先祖調査に利用され始めてからである。

 DNA系図学は従来の家系図作成と異なり、とにかく簡単だ。値段も1万円以下と安い。キットを取り寄せ、唾液を採取して送り返すと、DNAが共通する遠縁がものすごい数で見つかる。拡大された家族と出会うことは人を感動させる。安さと手軽さから、ギフトとして親や恋人に贈る人もいる。DNA家系図の魅力は、先祖と出会うことよりも、生死を問わず他の誰かとつながる楽しさにあるのだ。

 ただしこの楽しみは、業者にDNAを登録した人数が一定規模に達しないと十分に機能しない。日本にもDNAキットを販売する業者はいるが、アメリカの業者のように人口の15%の登録に成功するようになれば、多くの若者が先祖探求の第一歩として試すようになるだろう。


 日本でもアメリカのように、アンケートを取れば国民の90%近くが先祖に興味があると回答し、先祖探求が愛好者人口第二位の趣味だといわれるような日が来ることを願っている。

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