日本の家系図ビジネスの将来展望ー家系図ビジネスからルーツビジネスへー

 現在、家系図業者の主力は「家系図ビジネス」である。これは依頼者の戸籍を代理取得して家系図を製作するビジネスだが、実は将来性は決して安泰ではない。その理由はいくつかあるが、まず、広域交付によって戸籍の取得が簡単になってしまったことが大きい。それまで時間のない人や戸籍取得が煩雑に思えた人は業者に頼んだが、いまは最寄りの役場の戸籍窓口にさえ行けば、自分から最古戸籍まで(江戸時代後期のものが取れることもある)を全て窓口で取り揃えてもらえる。一通ずつ業者が該当役所に請求して戸籍をたどるよりも早く揃うことも多い。戸籍情報を系図に図示しただけでは、付加価値が感じられない点も問題である。

 戸籍を使って家系図を製作するビジネスは、安くても一系統3~4万円で販売することになる。この値段は、あまり関心のない人がお試しでやるには高すぎる。一方、業者側もこの値段では大して利益が出ない。それでいて製作には結構な手間がかかる。戸籍吏のなかには癖の強い字を書く者も多かったため誤読や入力ミスも起こる。沖縄や旧樺太など戸籍がほとんど取れない地域もある。いくらAI化が進んだとはいえ、商品構造的に薄利多売には向いていないのである。

 今後、家系図への関心がさらに高まれば、ネット上の家系図情報はますます多くなる。アメリカのように、閲覧されるサイトの第二位が家系図関連という状況になれば、自分で情報を収集し、やり方を学んで家系図を作るという人がどんどん増えるだろう。相対的に、業者に代理製作を依頼する人は減少することになる。それも衰退の原因である。

 そのようななかで、将来的に生き残るのは、調査スキルが高く、家系図に付加価値をつけられる業者だけである。戸籍調査だけではなく、国立国会図書館デジタルコレクション、旧土地台帳、地名辞典、過去帳や墓石、古文書など、初心者にとってハードルが高い調査を代行してくれる専門性の高い業者は生き残る。また、家系図情報を図示するだけではなく、情報から物語をつむぎ、商品に加工する技術をもった業者も生き残るだろう。

 しかし、どちらも作業工程が多く、オーダーメイドになるため、価格は高くなる。薄利多売ではなく、高価格商品を限定した顧客に販売するというビジネスモデルになる。

 欧米の家系図業界をみても、業者による代理製作は大きなビジネスには発展していない。海外で代理製作を請け負っているのは、個人の系図学者が中心であるが、あくまでも個人事業主のスモールビジネスである。 

 会社規模で成功した例としては、アメリカ・ユタ州ソルトレイクシティのレガシーツリー(Legacy Tre )が有名である。それでも従業員は66名(2026年時点)程度で、中小企業にすぎない。売り上げも十数億円規模であろう。

 世界的に見ても、家系図の代理製作をメインに行う会社の事業規模の限界はこの程度である。レガシーツリーの顧客は英語圏を中心に全世界(中東とアフリカの大部分を除く)に及んでいるが、それでもこの程度なのだ。たとえ日本のシェアを独占したとしても、人口からみて、レガシーツリーの数分の一程度に成長するのが限界だろう。

 家系図をフロント商品として使い、バックエンドの商品につなげるという営業戦略もある。しかし、レガシーツリーをはじめ、そのようなビジネス展開をしているところは世界に見当たらない。これが示しているのは、家系図をフロント商品として使うビジネスが極めて難しいということである。先祖に関する商品には、苗字額や先祖盾など面白いものもあるが、世界においてもこれらはいずれもニッチな存在であり、マーケット規模は残念ながら小さい。

 海外で家系図ビジネスといった場合、外国人が思い浮かべるのは、このような「家系図サービス」ではない。アンセストリードットコム(Ancestry.com )マイヘリテージ(MyHeritage )などが展開している「ルーツビジネス」である。これらの会社は、世界最大規模の家系図作成・ルーツ検索サイトを運営している。 

 両社は直接顧客の系図を製作することはない。しかし、300億件にのぼる過去の公的記録やDNA検査(AncestryDNA)を活用して、登録した会員の先祖がどこから来たのか、DNAが共通している遠縁(見知らぬ縁戚が多数ヒットする)は誰かを、オンライン上で探り当てることができるサービスを展開している。これが画期的なのである。自宅のパソコンの前に座るだけで、見知らぬ先祖と感動的な出会いができるようになったのだ。一昔前からすると魔法のような話である。多くの人はこの体験に驚嘆した。その売上は主に有料会員の払う会費だが、年間に1000億円以上にのぼる。

 Ancestry.comは、1990年にアメリカの二人の若者が始めたビジネスである。彼らは家系図関連書籍を出版していた経験を活かして系図プラットフォームを設計した。自分の先祖をプラットフォーム上に入力すると、他の登録者が入力した先祖情報と照合し、一致した家系図を表示するようにしたのだ。また、会社が格納した300億件を超えるデジタル化された歴史的記録のうち、その家に関わりがありそうな記録、写真などを表示してくれる。このデータは日々更新されて増え続けている。

 彼らが手がける世界の系図(家系図と祖先)市場の規模は、約60億ドル(約4800億円)といわれる。2034年までには130億ドル(約2兆円)を超える規模に達すると予測され、年間約11.5%という急速な成長率で拡大していくと見込まれている。

 Ancestry.comのような系図プラットフォームの追い風になったのが、DNAの家系図利用である。アメリカでは、すでに国民の15%が系図プラットフォームに自らのDNA情報を登録している。ルーツ企業は登録者同士のDNAマッチングを行う。データベースに登録されている、あなたとDNAを共有する生存者のリストを提示し、それらの人々とつながる方法を提供するのである。こうして海外では、見ず知らずの遺伝的な親戚と出会うことができるようになったのだ。もし希望すればつながりを持つこともでき、相手から得た情報によって、自らのプラットフォーム上の家系図をどんどん発展させることもできるわけである。

 家系図を登録する系図プラットフォームには、Ancestry.comのような有料のものだけではなく、ファミリーサーチ(FamilySearch)のような無料のものもある。ファミリーサーチは140か国以上で運営され、登録された家系図に記されている個人の数は10億人以上にのぼる。歴史的記録データベースには、デジタル化された書籍やマイクロフィルムなどを含む、20億以上のデジタル画像が収められている。ただし、DNA情報には対応していない。

 海外には、日本と違って戸籍がない。そのため、先祖を調べることは非常に難しいとされていた。その入口のハードルの高さを引き下げるために、ファミリーサーチのような系図プラットフォームが生まれた。そして、それにDNA調査を付け加えた形で、アンセストリードットコムのような家系図ビジネスが誕生したのである。

 さらに2007年からはDNAを利用した先祖調査が本格化した。自分の唾液を採取してルーツ企業に郵送するだけの手間で、しかも1万円以下の低価格で(セールの時には5000円以下のこともある)、すごい数の遺伝的な親戚と出会うことができ、望めばその人たちとつながることもできるようになったのである。この手軽さに世界中の人々は熱狂した。DNAの先祖調査利用には問題点もあるのは事実だが、AncestryDNAなどのサービスは、すでに数千万人規模のデータベースを保有している。

 Ancestry.comがかかえる有料会員の数は300万人、これまで顧客に1800万個のDNAキットを販売した。近年は、豪華クルーズ船に乗ってヨーロッパなどを訪問するルーツツーリズムにも力を入れている。

 海外においても、インターネットに系図プラットフォームが登場する1999年までは、いまの日本と同じだった。家系図や先祖調査はニッチな趣味とされ、ごく一部の人たちにしか注目されていなかった。それが系図プラットフォームの登場によって、先祖を調べることがぐんと簡単になると、にわかに脚光を浴びるようになったのである。

 現在ではアメリカ人の90%以上がルーツに関心を持っている。これからもわかる通り、先祖調べを普及させるうえでもっとも大切なことは、最初の導入部をいかに「入りやすくするか」ということである。そして実は意外と簡単に自己肯定感を上げることができる効果があるということも、もっと広くアピールすべきだろう。 

 結論として、戸籍を取得して家系図を代理製作する「家系図ビジネス」の市場規模は、アメリカをみても十数億円に届くかどうかというところである。一方、系図プラットフォームを運営する「ルーツビジネス」は、すでに約4000億円に達し、近い将来には2兆円規模にまで急成長すると予測されているのである。

 現在、日本の家系図業者が目指しているのは、「家系図ビジネス」で日本一になることだろう。それも悪くはない。しかし、いかんせん市場規模が小さい。スモールビジネスなのである。ルーツに関するビジネスというのは人間の本質にかかわるものであり、自己肯定感やレジリエンスを高める効果が報告されている。少子化対策や地方創生にも好影響を与えるなど、無限の可能性を秘めている。だからこそ「家系図ビジネス」で日本を制覇した先に、ぜひとも「ルーツビジネス」を目指してほしい。

 現在の日本には、Ancestry.comのような本格的な系図プラットフォームは存在せず、DNAの家系図利用も進んでいない。しかし、将来的にこれらの条件が整えば、日本でも欧米並みの空前のルーツブームが起きることは間違いないだろう。その日を一日も早く引き寄せるため、いまのうちから着々と「ルーツビジネス」の布石を進めていくべきである。その具体的な方法については、回を改めて説明したいと思う。

Share