系図は証明するものであり、主張するものではない

 歴史家の磯田道史氏が、「家に伝わる系図のほとんどは偽物である」と発言したという。おそらく歴史家であれば、磯田氏に限らず多くの人が同じ見解を示すだろう。それほど江戸時代以降に作られた偽系図は数多く存在する。

 私もこれまで多くの家蔵伝来系図を見てきたが、信ぴょう性が高いと思われるものは、江戸時代以降の過去帳や寺院記録などをもとに作成された系図に限られる。偽系図の多くは、事実関係の確認が容易な江戸時代については比較的正確に記しながら、それ以前の戦国時代や中世になると、藤原氏や源氏などの貴種に仮冒している。遠い過去のことは分からないだろうという発想で作られたものが少なくないのである。偽系図の古代中世部分には特徴があり、まず代数が少ない傾向がある。また経歴がほとんど記されず、実名や官職名、通称を線でつないだだけのものが多い。歴史の常識では考えられないような高位の官職を記したものもある。


 欧米の系図学の基本理念は、「系図は主張するものではなく、証明するものである」という考え方にある。

 たとえば、ある家の系図が「藤原氏につながる」と主張しているとする。この場合、欧米の系図学者であれば次のような質問をするだろう。

・その系図はいつ作成されたのか。

・どのような史料を根拠としているのか。

・各世代の親子関係は何によって証明されるのか。

 彼らは「証明」「推定」「伝承」を明確に区別する。そして、どこまでが証明された事実で、どこからが推定であり、どこが家に伝わる伝承なのかを明らかにしようとするのである。

 日本では「どこまで先祖を遡れるか」が注目されがちである。しかし国際的な系図学では、どこまで遡れるかよりも、「どこまでを、どのような証拠によって証明できるか」が重視される。これこそが世界標準の系図学の考え方である。

 実は欧米でも、かつては根拠を明示しない家系図が広く流通していた時代があった。この状況を憂慮した系図学者たちは、1964年に系図学者認定委員会(Board for Certification of Genealogists:BCG)を設立した。その目的は、系図学を歴史学の一分野として位置づけ、社会から信頼される学問へと発展させることにあった。

 BCGは、豊富な実務経験と専門知識を持つ研究者を認定系図学者(Certified Genealogist:CG)として認定し、専門家の質を担保する主要な団体の一つとなっている。また、先祖調査において「この人物が本当に先祖である」と結論づけるための国際基準として、系図証明基準(Genealogical Proof Standard:GPS)を策定した。

 この基準は世界中の系図学者から支持され、現在ではGPSに基づかない系図を専門家が作成することはほとんどない。また、GPSによる検証を経ていない伝来系図の主張が、研究者の間でそのまま受け入れられることもない。

 GPSには、次の五つの要件がある。

【一 合理的かつ十分な調査を行う】

 利用可能な重要史料を幅広く調査する。自分に都合のよい史料だけを選んで結論を導いてはならない。

【二 完全かつ正確な出典記録を作成する】

 調査した史料の出典を正確に記録する。これは第三者による検証や再調査を可能にするために不可欠である。

【三 証拠の分析と相互比較を行う】

 収集した証拠を比較・検討する。系図学では一つの史料だけで判断せず、複数の史料を組み合わせて証拠の相関関係を分析する。

【四 証拠の矛盾を解決する】

 史料同士に矛盾がある場合は、その理由を説明しなければならない。矛盾を無視したまま結論を出してはならない。

【五 論理的で首尾一貫した結論を書く】

 なぜその人物を先祖と判断したのかを論理的に説明する。使用した史料、証拠の評価、矛盾の解決過程を示したうえで結論を導く。その際、「証明」「推定」「伝承」を明確に区別しなければならない。

 また、系図学において作成された家系図そのものは、いわば研究成果の要約にすぎない。本当に重要なのは、その結論に至るまでの論証と報告書である。

 現在の欧米の系図学者は、このような歴史学の学術研究に準じた基準に基づいて調査を行い、歴史家からも評価される「証明された系図」を作成している。これが国際標準である。

 一方、日本では史料の価値や信頼性を十分に検討しないまま、どれだけ古くまで遡れるかを競う傾向が今なお見られる。しかし、そのような考え方は世界の系図学ではすでに過去のものとなっているのだ。

 日本の先祖調査が次の段階へ進むためには、まず系図学がどのような学問であるかを正しく理解する必要がある。そして、GPSに準拠した調査と報告をともなわない系図は、社会的な評価の対象としないという認識を広めていくべきであろう。

 とりわけ家系図を作成している業者には、欧米の系図学の理論とGPSを深く学んでもらいたい。磯田氏ら歴史家が否定する過去の偽系図から完全に脱却し、系図というものの社会的信頼を高める必要があるからだ。現在の家系図業者が製作する系図は歴史家も認めるレベルのものでなければならない。そのレベルを保つためには、将来的には海外のような資格試験や認定制度の導入も必要になるであろう。

 欧米の系図学は、そのような歩みを経て現在の水準に到達したからである。

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