家系図作成にAIを活用する

最近、AI(ChatGPT ・Gemini ・Claude )の性能が急速に向上し、先祖調査に利用する方も増えてきた。そこで、AIに任せられる作業と、まだ任せられない作業について考えてみたい。
まず、取得した戸籍の解読である。
明治19年式戸籍のような古い手書きのものを完ぺきに解読できるAIは、まだ存在しない。氏名や続柄だけなら、綺麗に書かれていれば判読できるかもしれない。しかし身分事項欄は記入欄が狭く文字も小さいため、読み取りは困難である。身分事項欄には家督相続、隠居、廃嫡、絶家再興、一家創立、養子縁組、婚姻、入夫、分家、廃家、転籍など、その人物にとって重要な出来事が記載されている。そこが読み取れないということは、まだまだ実用のレベルには達していないということになる。
大正4年式戸籍以降は比較的綺麗に書かれたものもあるため、近いうちに読み取れるようになるかも知れないが、明治19年式や同31年式の身分事項欄まで判読し、一人一人の経歴を一覧表にまとめるような作業は、まだかなり先のことになりそうである。
また、懸念として個人情報の漏洩があるため、AIに戸籍を読み取らせる際には、あらかじめ学習されない設定に変更しておく必要がある。
次は旧土地台帳。
先祖と土地の関わりを理解するうえで、旧土地台帳は一級の資料である。戸籍と同じく様式が定められており、戸籍よりも丁寧に記入されているものが多いため、AIでもある程度は判読できる。ただし所有者の欄は崩し字や癖字で書かれていることが多いため、読み取るのは難しい。ただし、記載事項を解説させることは、現時点でもある程度可能である。
次は地名辞典。
先祖と土地との関わりを深く知るには、地名辞典を理解しなければならない。『角川日本地名大辞典』と『日本歴史地名体系』を用いるのが定番だが、とくに前者の記述には、史料名と数字だけを短く示したものが多い。これらは村の石高や年貢率(免)、戸口など、村人の生活に深く関わる貴重な情報である。しかしAIは、あらかじめプロンプトで指示しておかないと、これらの重要な数字を無視する傾向がある。年貢率を示す「免五つ」などは先祖の暮らしぶりを想像する上で極めて重要な数字なのだが、これも指示しないとスルーしてしまう。
歴史的な叙述では、年代の矛盾などでハルシネーションを起こすことがあるため、人による確認が欠かせない。とはいえ、地名辞典に関しては、おおむねよく読み込む。現時点でも使えるレベルには達している。
次は『姓氏家系大辞典』。
ルーツに関しては『姓氏家系大辞典』を使うことになる。より深掘りするなら『姓氏歴史人物大辞典』(角川書店)や城郭の事典、地方の苗字事典、自治体史、郷土誌も併用したいが、まずは『姓氏家系大辞典』が基本文献である。
この辞典の記述をAIに取り込んで解説させるうえで重要なのは、利用する人の側が原文をきちんと理解することである。太田亮氏が執筆を急いだこともあり、この辞典には初学者向けの丁寧な解説がなく、文献名も省略されていることが多い。利用している文献や史料の信憑性についても、現在では検討を要する部分がある。利用者はまず、こうした辞典の特徴をよく理解する必要がある。
また系図学では、事実として証明されたこと、資料から推測されること、記録を欠き言い伝えとして残された伝承——この三つをきちんと分けて叙述しなければならない。しかし現時点のAIが、この区別を踏まえて叙述するのは難しい。しばしば推測を証明であるかのように表現したり、時系列や地域を無視した事柄を結合して不正確な結論を導き出したりする。
現時点での私の感触では、AIに『姓氏家系大辞典』を読み込ませてある家のルーツを解説させるのは難しく、人によるハルシネーションチェックを行わなければ、致命的な誤りをおかす可能性が高いといわざるを得ない。
太田氏は『姓氏家系大辞典』を書くにあたって日本の系譜学の知識を土台としたが、この系譜学は体系化されていないため、AIに学習させることが難しい分野なのである。そのためAIは、しばしば系譜学を無視した回答を生成してしまう。
たとえば、ひとくちに武士といっても、中世の武士と江戸時代の武士とでは証明の方法が違う。どのような文献や史料に基づいて武士と証明するのか。証明できないのであれば、どのような根拠で武士と推測するのか。その推測は系譜学的・歴史学的に妥当といえるのか。それとも、まったく根拠に乏しい伝承なのか。これをきちんと説明するには日本史や系譜学、さらには系図学(Genealogi )の知識が必要である。
同姓氏族とのつながりについても同郡の場合と隣郡の場合、隣国の場合では、歴史的背景が異なるため関係性に差が出るわけだが、AIはこれを機械的に結びつけてしまう。時には、攻められて滅ぼされた側が滅ぼした側の領地内や拠点に逃れて帰農するような、歴史的にあり得そうもないストーリーを生成することもある。歴史的な背景を無視し、機械的に距離だけで結合してしまうからである。また、引用された文の中の人名が古代の氏(本姓)なのか、中世以降の苗字(名字)なのかを判断することも苦手である。藤原・菅原・田中・高橋のような古代の氏(本姓)にも中世以降の苗字(名字)にもある人名の場合、これを混合して解説してしまうことがある。
現時点では、ある家のルーツを推測するとき、AIに『姓氏家系大辞典』を読み込ませて、機械的に説明させるだけでは危険といわざるを得ない。ひとつ間違えればAIは偽りのルーツ、歴史的に矛盾した家のストーリーを生成してしまう恐れがある。人による歴史の確認と修正が必須である。
次は国立国会図書館デジタルコレクションである。
文献のデジタル化が進んだ結果、現在の先祖調査では国立国会図書館デジタルコレクションの検索調査が必須となった。しかし、これを実際に行うと同姓同名のヒットが非常に多く、ご先祖を発見するための選別作業が実に大変である。
戸籍で判明した先祖の居住地、生没年、それまでの取捨選択で得られた情報に基づいて一件一件目視で選別するわけだが、疲れてしまい、この作業をAIに担わせられたらと思ってしまう。AIは検索まではできるが、選別作業は苦手である。そこで仕方なく人の手でクロス検索を試みたり、出版地を指定して絞り込みをかけたりするが、注意しないと本命の先祖の記事までふるい落としかねない。調整加減が難しい。AIが自律的にデジコレを検索し、特定の人物の記事だけを的確に選別できるようになるには、もう少し時間がかかりそうである。
次は苗字の語源である。
苗字の語源もAIに分析させることはできるが、これも不正確なことがある。AIは苗字の大半を地名に還元して語源を推測する。それ自体は間違いではない。
しかし日本人の苗字は、実は表記されている文字よりも読みのほうが重要なのである。読みは文字表記より古いことが多く、そこにこそ語源解明のヒントが隠されている。苗字研究も体系化されていないため、AIに学習させることが難しい。そのため、どうしてもAIは表記の文字に引きずられる傾向があり、結果として苗字研究的には妥当ではない解釈を導き出してしまう。とくに文献に解説がないような珍姓や難読姓の語源に関してはほとんど役に立たない。参考にできる文献もネット記事もないためAIはハルシネーション を起こすのだ。現時点では、語源についても、利用者が自ら参考文献にあたって確認する必要がある。
家系図や家族史におけるAIの活用は、これからますます盛んになるだろう。それ自体は歓迎すべきことだが、現時点でAIが得意とすること、苦手とすることをよく見極めなければならない。そして苦手な部分は、人がアナログで補う状況がまだしばらく続くだろう。
いつかAIが自律的に資料を分析して家系図を作成し、家族の歴史を叙述する日が来ることを、心待ちにしたい。
