家系図の信ぴょう性を検証することの大切さ

2019年09月12日


 ニューヨーク市立大学の分子生物学のネイサン・H・レント教授はアメリカのネットにアップされている家系図の信ぴょう性について疑問を投げかけている。
 個人が趣味で作った家系図が大量にアップされているが、これらの主な情報源になっている国勢調査記録は決して完全ではない。申告者は都合の悪い過去を隠すため、嘘を書き、名前を変え、過去をねじ曲げることもあったのだ。
 親子関係も慎重に検討する必要がある。中世以来、ヨーロッパでは未婚の母親が産んだ子をひそかに他人の実子として育てることがよくあった。洗礼記録や国勢調査記録では実子になっているが、事実は違っていたのである。
 親子関係の不安定さは秘密の養子だけではない。血液検査により、1940年代にイギリスで生まれた子供のうち、少なく計算しても約5%の父親が父親とされている男性とは違うことが報告されている。母親は夫ではない男性の子供を産んでいるのだ。この数字は時代をさかのぼれば優に10%を超えるだろうと専門家は推測している。
 記録に書かれているからといって、盲信してはならない。記録は必ず史料批判すべきである。アメリカでは家系図の史料批判を行う指針として、系図証明基準というガイドラインを持っている。
 

 日本で作られる家系図も同じである。除籍は国が作製したものだから正確だと思うのは危険である。明治19年式戸籍などは戸籍吏と届出人の共謀で生み出されたとしか思われないような作為が目立つ。戸籍吏と届出人が同じ村の顔見知りだったからこそ可能となった戸籍の改ざんがあったことは間違いない。到底出産できない年齢の女性が子供を産み、親戚の言い伝えと除籍の記載が食い違うことはよくある話である。
 明治の北海道では開拓民の家で働き手の弟が逃亡したので、流れ者を弟の身代わりにして戸籍上ではあたかもそこにいるように見せかけた例がある。なぜそのようなことをしたかと言えば、弟が逃亡したことが役所にバレると弟の名義で貸し与えられた土地を返納しなければならなかったためだ。それが惜しくて身代わりを入れたのである。
 子供のいないある夫婦が養女をもらった。成長後、養女は婿養子をもらい、子供を産んだが、実はその子の本当の父親は養父だった。養父は養女が妊娠したと知ると、急いで婿養子と結婚させて周囲をあざむいたのだ。養女は養父の子を二人産んだが、その関係に耐えきれなかった婿養子は二人目が生まれた直後に離婚している。ただし、この離婚は戸籍上の話であり、実際はこの婿養子というのは名前だけを貸していただけで、この養女一家とは一緒に暮らしていなかったふしもある。もっと疑えば、男は養父が用意した名前だけの存在で、養女は会ったこともないかも知れない。北海道の山奥での話なので、そういう可能性も考えれる。真実は小説よりも奇なりである。

 我々が現在目にしている除籍は、必ずしも真実を伝えているものではない。そこにあるのは作られた家族の姿でしかない。この点をよく理解しておくことが大切である。除籍を信じ切って家系図を作ることも危うければ、親戚の言い伝えを信じて家系図を作ることも危険である。系図証明基準のような史料批判を行い、情報を検討した上でなければ、到底納得のいく家族関係を復元することは困難である。