世界のルーツツーリズム事情

ルーツツーリズム(Roots Tourism、Genealogy Tourism)とは、自分の祖先の出身地や、ルーツにゆかりのある土地を訪れ、その地域の歴史や文化、祖先の足跡をたどる旅である。日本ではまだあまり知られていないが、世界では近年、大きな広がりを見せている。この旅に出る人は、単なる観光客ではない。過去と現在を結ぶ「家族の物語の旅人」となるのである。
移民、離散、戦争、開拓などによって故郷を離れた人々の子孫にとって、祖先の地を訪れることは、自らのアイデンティティを見つめ直す自己発見の旅でもある。
アイルランドでは、2000年に11万6000人もの「家系をたどる旅行者」が訪れたとされる。
また、スコットランドでは2009年に「ホームカミング・スコットランド(Homecoming Scotland)」が開催され、世界各地のスコットランド系移民の子孫が招かれた。特にアメリカやカナダには多くのスコットランド系移民がおり、彼らが祖国を訪れることで地域観光の活性化につながった。
イタリアでは、「Italea(イタレア)」という国家的プロジェクトが進められている。これは、海外に住むイタリア系移民やその子孫が、祖先の出身地を訪れる旅を支援する制度である。たとえば、アルゼンチン在住のイタリア系移民の子孫が、Italeaのネットワークを利用して先祖の記録を調査し、遠い親族を訪問した事例もある。
さらにイタリア政府は、ルーツツーリズムを観光政策の柱の一つとして位置づけ、2024年を「イタリアのルーツの年」と定めた。地方自治体では、ルーツツーリスト向けイベントの開催や、宿泊・交通の割引制度などが積極的に導入されている。人口5000人未満の小さな村々でも、観光客受け入れ体制の整備が進められている。
1976年に、アレックス・ヘイリー の著書『ルーツ』 が出版されて以降、多くのアフリカ系アメリカ人が、自分たちの祖先の地であるアフリカを訪れるようになった。代表的な訪問地には、奴隷貿易の拠点として知られる ケープ・コースト城、エルミナ城、そして ゴレ島 などがある。ガーナ政府は、この動きを観光振興の機会と捉え、「パン・アフリカン・フェスティバル」や「解放記念日(Emancipation Day)」を開催し、アフリカ系アメリカ人の誘致を進めている。
アメリカ合衆国は、多くの移民によって形成されてきた「移民国家」である。そのため、自分の祖先がどの国や地域から来たのかを探るルーツツーリズムへの関心が非常に高い。その対象は海外だけではない。アメリカ国内でも、祖先が最初に定住した地域を訪ねる「国内型ルーツツーリズム」が盛んである。
たとえば、ドイツ系移民の子孫はソーセージを、スウェーデン系移民の子孫はスモーガスボードを味わいながら、祖先ゆかりの土地を巡る。ネイティブ・アメリカンのルーツを持つ人々は、ニューメキシコ州 や アリゾナ州 の保留地を訪れ、伝統文化や言語、儀式に触れる。
また、アフリカ系アメリカ人は、先祖が働いていた ルイジアナ州 や サウスカロライナ州 の大農場を訪れ、「グレート・マイグレーション」の歴史をたどることもある。
このような国内型ルーツツーリズムでは、家族で大型自動車に乗り、長距離を旅するスタイルが一般的である。
アメリカでは、Ancestry.com や 23andMe などのDNA解析・家系図サービスが普及している。これにより、自分のルーツを具体的に特定しやすくなり、ルーツツーリズムの拡大を後押ししている。DNA調査をもとに、西アフリカの村を訪れ、歓迎儀式を受けたり、伝統文化を体験したりすることで、「祖先とのつながり」を実感するアフリカ系アメリカ人も少なくない。

こうした動きは、決して海外だけの現象ではない。
南北アメリカから祖先の地を訪れる日系人も増えており、日本国内でも、北海道をはじめ各地で、自らのルーツをたどる旅が少しずつ広がり始めている。これまで日本では、最初の除籍謄本を取得することが大きな壁となっていた。しかし、戸籍の広域交付制度が始まったことで、その障壁は大きく下がった。今後、インターネット上の家系図サービスがさらに発展し、地方自治体の支援も充実すれば、ルーツツーリズムは新たな観光産業として大きな可能性を持つだろう。
とくに、アメリカのような「国内型ルーツツーリズム」が普及すれば、地域経済や内需の活性化にもつながると考えられる。
ルーツツーリズムは、単に「昔を懐かしむ旅」ではない。過去と現在の自分を結び直し、未来へ進むための力を得る旅である。旅人は、自らのルーツをたどることで、「自分はどこから来たのか」「なぜここにいるのか」「これからどう生きるのか」を改めて考えるようになる。
そして、祖先と自分をつなぐ壮大な物語を発見していくのである。

ルーツツーリズムには次のような可能性がある。
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地方経済の活性化
都市部だけではなく、人口減少が進む農村部にも旅行者が訪れることで、空き家の再利用や、地元の宿泊施設・飲食店の利用が進む。たとえば南イタリアでは、空き家をゲストハウスへ改装し、イタリア系観光客を受け入れている地域もある。 -
雇用の創出
海外では、ルーツツーリズム専門のツアーガイドや、先祖調査を支援する専門職が新たに求められている。イタリアでは、ルーツツーリズム専門職を育成する講座も開設されている。 -
地域情報の発信
これまで観光地ではなかった過疎地域にも旅行者が訪れることで、その土地の特産品や文化が世界に向けて発信されるようになる。旅行者自身も、SNSを通じて地域の魅力を積極的に紹介するだろう。 エコツーリズムとの親和性
ルーツツーリズムは、大規模観光地ではなく、自然や文化が残る地域を静かに訪れ
る旅である。そのため、持続可能な観光との相性も良い 。
ルーツツーリズムは、過去と現在、故郷と世界を結ぶ架け橋である。
旅行者にとっては自分自身を再発見する旅であり、地域にとっては経済や文化を再生する新たな観光の形となるだろう。
そして今後、教育、文化交流、地域活性化など、さまざまな分野と結びつきながら、さらに多様な発展を遂げていく可能性を秘めている。
