ファミリーヒストリーの調べ方 『銀行会社要録 附・役員録』

2018年12月16日

 

 渋沢栄一は我が国の資本主義を発展させるためには、会社の信用度を株主が客観的に知ることができる信用会社の設立が急務と考えていた。そこで明治29年(1896)には自らが初代会長となって東京興信所を創立し、大蔵省官吏を退官して新聞社社長をしていた佐藤正美を初代所長に迎える。この設立には日本銀行を始めとする東京周辺の銀行が深く関わっていた。会社に資金を融資する銀行にとっても、会社の資産や営業状況を調査する信用会社は絶対に必要な存在だったのである。

 東京興信所は大正元年(1912)に『銀行会社要録 附・役員録』を発刊した。同じ年に帝国興信所も『帝国銀行会社要録』を出している。この後、東京興信所と帝国興信所はライバル関係を続けながら、それぞれ銀行と会社の要録を出し続けた。

 ファミリーヒストリーを調べる上で戦前の会社を探したり、会社や銀行の役員を知る時には、『帝国銀行要録』とともに、この『銀行会社要録 附・役員録』も見る必要がある。国立国会図書館デジタルコレクションには大正元年の第1版から昭和14年(1939)の第43版までがあり、ネットで全文を見ることができる。

 昭和10年(1935)に刊行された第39版はコマ数が1,096、ページ数はゆうに2,000ページを超えている。青森県の部分に太宰治(津島修治)の兄津島文治が載っている。津島文治は金木銀行頭取を勤めた地元屈指の資産家で、衆議院議員や参議院議員。青森県知事に当選した。元衆議院議員の津島雄二は太宰治の長女の婿である。

 決算の数字は省略する。

株式会社金木銀行 北津軽郡金木町金木

 設立 明治三十年二月 株数10,000

 資本金 500,000 内払込額 32,500

 決算(省略)

 頭取 津島 文治

 専務取締役 西澤 長一郎

 取締役 蝦名 元太郎 傍島 柾之助

 監査役 古川 政孝 野呂 儀兵衛

 支配人 武田 和七

 書記長(兼) 野呂 儀兵衛

 書記 津島 英治

 大株主氏名及持株数

 津島 文治 2,576

 西澤 長一郎 954

 蝦名 元太郎 464

 長内合資会社 455


 書記とは経理のことで、津島英治は文治の弟。太宰治の兄で、後に金木町長を勤めた人物である。