武鑑の史料的性格をめぐって
武鑑の史料的性格について質問があったので、歴史学における史料区分を論じた上で、武鑑の史料的性格について分析を試みた。
武鑑は、江戸時代に民間の書肆が刊行した大名・幕府役人の名鑑である。そこには大名家の家紋、石高、系譜、居城、江戸屋敷の所在、参勤交代の時期、献上・拝領の品目、家老・用人などの主要家臣名(家臣の役職については、諸藩で用いられている役職名そのままではなく、それを武鑑の伝統的な役職名に置き換える作業が行われている。情報元の藩もこれを承知していたはずだが、慣例として許容し、出版を認めていたと考えられる)、行列で用いる槍や駕籠の標識などが収められている。近世史研究では人名や役職の確認に広く用いられる基本的な参考資料である。一方で、武鑑を一次史料と呼んでよいかについては見解が分かれる。本稿ではまず歴史学における史料区分の枠組みを整理し、そのうえで武鑑の位置づけを検討する。
一 史料区分の諸概念
1 一次史料と二次史料
最も一般的な区分は一次史料(primary source)と二次史料(secondary source)である。通説的には、一次史料とは対象となる出来事と同時代に、当事者や直接の見聞者によって作成された史料をいう。二次史料とは、後世の人間が一次史料などをもとに編纂・叙述したものをいう。これに加えて、事典・概説書・目録のように二次的文献をさらに整理したものを三次資料と呼ぶことがある。
ただし、この区分の基準は学問分野や言語圏によって一様ではない。日本史学、とくに古文書学の伝統を強く受けた前近代史研究では「当事者性」が重く見られる。発給文書・受給文書や、当事者の日記(古記録)が典型的な一次史料とされる。後世の編纂物、たとえば『吾妻鏡』『徳川実紀』『寛政重修諸家譜』などは「編纂史料」として区別され、二次史料に分類されることが多い。これに対し英語圏の図書館学や歴史教育では「同時代性」が重視される傾向があり、当時の新聞・雑誌・名簿・統計書なども primary source に含めるのが一般的である。同じ「一次史料」という語でも、指す範囲にずれがあることに注意しなければならない。
2 遺物と伝承
一次・二次の区分とは別の軸として、ドイツの史学者ベルンハイム(Ernst Bernheim)が『歴史学方法論教本』で示した「遺物」(Überreste)と「伝承」(Tradition)の区分がある。
遺物とは、過去の営みの結果として残存したもので、後世に何かを伝える意図をもたないものである。文書、帳簿、器物などがこれにあたる。伝承とは、過去の出来事を人に伝える意図をもって作られたもので、年代記、伝記、記念碑などがこれにあたる。この枠組みは坪井九馬三らを通じて明治期の日本の史学方法論にも取り入れられた。マルク・ブロックが「意図せざる証言」の価値を強調したことも、同じ系譜の議論として理解できる。
3 その他の区分
史料はほかにも、形態によって文献史料と非文献史料(考古資料、絵画、建造物、民俗資料、口述資料など)に分けられる。伝来のあり方によっては、原本・写本・案文(控え)・刊本といった区別もある。古文書学では、差出人と受取人のある「文書」と、日記のような「記録」とを分ける。これらは互いに独立した軸であり、一つの史料は複数の軸の上に同時に位置づけられる。
4 区分の相対性
ここで強調しておきたいのは、一次・二次の区分が史料そのものに固定された属性ではないという点である。どちらになるかは、研究者が立てる問いとの関係で決まる。たとえば『吾妻鏡』は、鎌倉初期の出来事を知るための史料としては後世の編纂物、つまり二次史料である。しかし、鎌倉後期の幕府が自らの歴史をどう認識し叙述したかを問う場合には、紛れもない一次史料となる。史料区分とは、史料の性質を分類するラベルというより、史料と問いとの距離を測るための道具だといえる。
二 武鑑の史料的性格
1 作成主体と情報の経路
武鑑の作成主体は、幕府でも大名家でもなく民間の書肆である。代表的な版元には、江戸の須原屋茂兵衛や、幕府御書物師の出雲寺があった。出雲寺版には半ば公的な権威が認められていたとされるが、それでも武鑑は幕府の公式刊行物ではない。掲載情報は、大名家からの申告(版下の段階で大名家の校正を受けていた可能性もある)や書肆による情報収集を通じて集められ、編集されたものである。したがって「当事者が自ら作成した記録」という日本史学的な意味での一次史料の条件は満たさない。性格としては、同時代に作られた編纂物という位置にある。
2 同時代性と頻繁な改訂
一方で、武鑑は内容と同時代に刊行され、しかも頻繁に改訂された。元禄期以降は毎年のように刊行され、年内に補刻や改訂が加えられることも珍しくなかった。一般的な後世の編纂物とは異なり、武鑑は「刊行時点で流通していた最新の公知情報」を示している。これを重視すれば、英語圏的な基準では primary source と呼ぶことに無理はない。近代の職員録や紳士録と同じ性格の資料だといえる。
3 記載の信頼性という問題
ただし、人事の事実を確定するという目的に照らすと、武鑑には固有の限界がある。第一に、情報の反映に時間差がある。任免や家督相続が版面に反映されるまでには遅れが生じ、すでに死去した人物や離任した役人がそのまま載っていることもある。第二に、刊記の年と記載内容の時点が一致するとは限らない。版木の求版や補刻が繰り返されたため、ある一冊がいつ時点の情報を示しているかを確定するには、書誌学的な検討が欠かせない。第三に、誤記や脱漏が存在する。このため、特定の人物がいつ役職に就いたか、いつ家督を継いだかといった事実を確定するには、幕府の日記類、藩の記録、辞令や書状などの文書、あるいは『寛政重修諸家譜』のような系譜史料と照合する必要がある。この用途においては、武鑑は補助的な手がかりにとどまり、機能のうえでは二次史料に近い。
4 遺物としての武鑑
しかし、問いを変えれば武鑑の性格は大きく変わる。武鑑が何を載せ、どのような体裁で、誰に向けて売られたのかは、近世社会の姿を直接に映している。商人や出入りの業者、地方から江戸に出た武士たちが、武家社会の秩序や格式を把握する実用書として武鑑を用いたことは広く知られている。とくに武鑑に氏名が掲載された大名家家臣はこれを自らの栄誉、家の誉れとし、江戸で大量に購入して国元に土産として持ち帰った。このように江戸時代の情報がどう流通したか、武家の権威がどう可視化されたか、出版文化がどう発達したかを研究する上では第一級の証拠である。この場合の武鑑は、ベルンハイムのいう「遺物」として、一次史料そのものになる。藤實久美子『武鑑出版と近世社会』に代表される研究は、まさにこの視角から武鑑を分析し、書肆どうしの競合や幕府との関係を明らかにしてきた。
なお、森鷗外が武鑑を収集する過程で渋江抽斎の名に行き当たり、それが史伝『渋江抽斎』執筆のきっかけとなったことはよく知られている。この逸話は、武鑑が人名を探索するための索引的な資料として早くから価値を認められ、利用されていたことを示している。
三 結論
武鑑が一次史料かどうかという問いに、一律の答えはない。当事者が作成したことを基準とする日本史学的な定義に立てば、武鑑は同時代に民間で作られた編纂物であり、人事の事実を確定する用途では一次史料と照合すべき二次的な資料にとどまる。同時代性を基準とする定義に立てば、武鑑は一次史料に数えられる。さらに、武鑑を近世社会の情報流通や身分秩序の表象を示す「遺物」として扱う場合には、他に代えがたい一次史料となる。
結局のところ、この問いが明らかにしているのは、史料区分が史料の属性ではなく、史料と問いとの関係を示すものだということである。武鑑を用いる研究者に求められるのは、自らの問いに照らして武鑑をどの位置に置くかを明確にすることである。
参考文献
一 武鑑の史料集・データベース
深井雅海・藤實久美子編『江戸幕府役職武鑑編年集成』全36巻、東洋書林、1996–1999年。
本書は、正保元年(1644)から明治元年(1868)までに刊行された武鑑のうち、役人の役職と人名を列挙した「役人付」の部分を影印で編集・復刻したものである。
橋本博編『改訂増補 大武鑑』名著刊行会、1965年(初版は大武鑑刊行会、1935–1936年)。
人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)「武鑑全集」https://codh.rois.ac.jp/bukan/
国文学研究資料館所蔵の武鑑画像を公開し、データ駆動型の分析を試みている。日本古典籍データセットに含まれる武鑑381点を対象に、居城・参勤交代・上屋敷・菩提寺・紋や道具・献上品や拝領品などの構造化データの作成が進められている。
二 武鑑研究
藤實久美子『武鑑出版と近世社会』東洋書林、1999年。
藤實久美子『江戸の武家名鑑――武鑑と出版競争』(歴史文化ライブラリー)吉川弘文館、2008年。
三 比較対照のための編纂史料
堀田正敦等編『新訂 寛政重修諸家譜』全22巻・索引4巻、続群書類従完成会、1964–1967年。
幕府が編纂した近世最大の系譜集で、寛政10年(1798)年までを収録し、文化9年(1812)年に完成した。本稿二‐3で述べた、武鑑の記載と照合すべき史料の代表例である。
四 史料学・古文書学
佐藤進一『新版 古文書学入門』法政大学出版局、1997年。
日本歴史学会編『概説古文書学 近世編』吉川弘文館、1989年。
五 史学方法論
Bernheim, Ernst. Lehrbuch der historischen Methode und der Geschichtsphilosophie. Leipzig: Duncker & Humblot, 1889(第5・6版、1908年)。
坪井九馬三『史学研究法』早稲田大学出版部、1903年。
Bloch, Marc. Apologie pour l'histoire ou Métier d'historien. Paris: Armand Colin, 1949(マルク・ブロック『新版 歴史のための弁明――歴史家の仕事』松村剛訳、岩波書店、2004年)。
遅塚忠躬『史学概論』東京大学出版会、2010年。
六 その他
森鷗外『渋江抽斎』1916年(『東京日日新聞』『大阪毎日新聞』連載。岩波文庫ほか所収)。
