お寺・神社とお墓のQ&A


Q  過去帳はどこにありますか?

A  過去帳はご先祖が葬られた菩提寺、本家、分家にあります。あなたの家が分家であれば、通常は分家した初代以降の過去帳が仏壇にあるはずです。分家初代以前の分は本家の仏壇にあります。また菩提寺の過去帳には本家、分家すべてのご先祖の戒名が記録されています。


Q  先祖が葬られている菩提寺はどのようにして探し出すのですか?

A  まずは除籍を取り寄せてご先祖が住んでいた本籍地を知ります。次に電子電話帳やゼンリンの住宅地図を使って、本籍地に現在住んでいる同姓に手紙を送って家系情報の提供を依頼します。そのなかに遠縁の一族がいた場合は、その家から菩提寺を教えてもらいます。通常同族は同じ菩提寺を使用しています。本籍地の周辺に同姓がいなかったり、手紙の返事がもらえなかった場合は、本籍地周辺のお寺に直接問い合わせすることになります。


Q  お寺の過去帳は見せてもらえますか?

A  菩提寺には通常、寺請制度が一般に浸透した1600年代後半からの過去帳が保管されていますが、数百年の間に天災や火災で古い過去帳を失ったお寺も結構あります。残っていたとしても膨大な檀家先祖の中から、ある家のご先祖だけを選び出すのは大変な作業です。ご住職に過去帳調査をお願いするさいには、相当のお布施を包むのが礼儀です。個人情報などの問題で拒否されることもありますが、そういうときには、ご自分の先祖のことを知りたいんだという熱い思いを伝えてください。最終的にはご住職と依頼者の間で信頼関係が成立するかどうかです。


Q  戒名からは何が分かるんですか?

A  戒名は宗派によって呼び方が異なります。浄土真宗では法名、日蓮宗では法号といいます。 新撰組副長として有名な土方歳三の菩提寺は真言宗で、戒名は歳進院殿誠山義豊大居士 です。最後の大居士は位号といい、中級以上の武士には居士が与えられました。庶民でもお寺に多額の寄付をしたり、村落の有力者には居士が与えられることがありました。このように位号からは社会的な地位を推測することができます。また位号の前の4文字は前から道号、戒名といいますが、使われる文字は故人の名前、性格、思想、趣味、業績を表す文字などから選ばれました。この文字から故人の性格などを推測することができるのです。土方には歳進院 という院号が付いています。院号も武士や貴族、豪農、知識人に限って使われたもので、社会的な地位の高さを示しています。このように戒名からはさまざまな情報を読み取ることができます。



Q  お寺の過去帳の没年月日と除籍の没年月日が違います。どちらが正しいですか?

A 没年月日が異なるのは、旧暦と新暦の違いだと思われます。我が国では明治5(1872)年12月3日から新暦に改暦し、この日は新暦の明治6年1月1日になりました。以後、公的には新暦が使用されることになりましたが、仏教の世界では旧暦を使い続けたケースが報告されており、お寺によっては明治末年まで過去帳には旧暦を使っていたところもありました。通常、新暦以降に旧暦を書く時には旧〇月〇日と書きましたが、旧が省略されている場合もあり、そのときは新暦との区別がつかないため、除籍(新暦)との間で没年月日が異なるという現象が生じました。旧暦と新暦のズレは一か月ほどで、除籍の没年月日が過去帳よりも1か月ほど後の場合は、このズレが原因です。


Q  過去帳に五十三年とあったので、系図には享年53歳と書きました。正しいですか?

A 過去帳や古い位牌を見ると、戒名、没年月日、俗名、続柄(誰の男何など)のほかに五十三年のような記載がたまにあります。これは享年と考えられます。享年とは数え年で年齢を表記するもので、享年五十三と書き、才(歳)はつけません。現在の系図では、満年齢を享年五十三才などと書いているものがありますが、これは二重の誤りをおかしていることになります。享年と似たものに行年があり、行年は満年齢で使われるものとされていますが、現在では数え年齢、満年齢、どちらでも区別なく使用され、年の後に才(歳)を付けます。行年五十三才(歳)と表記するのです。才と歳はどちらを使用しても良いですが、墓石に彫るときには画数を減らすために才を使うのが一般的です。なお、過去帳や位牌の没年齢は長寿をことほぐ習慣に基づいて、実年齢よりも何歳か年上に書かれることがありました。そのため没年齢から生年を逆算するときは注意が必要です。


Q  先祖の墓がどこにあるのか分かりません。調べることはできますか?

A  現在の墓所や菩提寺にご先祖の戒名、お墓がない場合、除籍で判明した死亡場所の近くにあるお寺に葬られているかも知れません。とくに家の宗派と同じお寺があれば、そこにまずは問い合わせてみましょう。北海道で亡くなった場合は、出稼ぎ感覚で渡って来た人もいたため、本州時代の菩提寺に葬られていることもあります。


Q  過去帳を調べましたが、先祖の妻が何人も記載されていません。歴代にわたって離縁したのでしょうか?

A  離縁した可能性もゼロではありますが、関東(新潟~茨城)以西の場合は半檀家制かも知れません。半檀家制というのは複檀家、一家寺違制などとも呼ばれ 、家の男女、妻と夫などが別の檀那(檀家)寺を使用する慣習のことです。歴史的には家族の檀那(檀家)寺が一緒の丸檀家(一家一寺制)とは区別されています。この半檀家制を行っている地域では、妻が亡くなると生家のお寺に葬りますから、当然ながら戒名はそちらのお寺の過去帳に記されます。宗派が夫の檀那寺と同じであれば、夫側の檀那寺の過去帳に転記されることもあり得ますが、異なる宗派だとそういうこともなく、夫と妻がそれぞれ別のお寺の過去帳に記載されるということになるのです。

 半檀家制が確認されている地域は、熊本、佐賀、長崎、大分、広島、滋賀、岐阜、愛知、石川、新潟、山梨、東京、茨城などの都県です。これらの地域で過去帳を調べるときには、常に半檀家制が行われた可能性を念頭に置く必要があります。


Q  古い本籍地のそばにある神社には何か記録が残されていませんか?

A  氏子帳があれば、ご先祖の名前が記載されているかも知れません。王政復古により神道を国家宗教とした明治政府は明治4(1871)年4月、「郷社定則」「大小神社氏子調方」「大小神社神官守札差出方心得」という通達を矢継ぎ早に出し、戸籍編製区のうちに郷社(府県社の下で村社の上)を設置し、国民は必ずこの郷社の氏子になるように命じました。そして郷社は彼らを「氏子帳」に記載し、氏子は戸長(村長)を通じて「氏子守札」を必ず受け取り、これを「帝国臣民の国籍所有の証明書」として終生所持するように命じられたのです。

 明治5(1872)年に近代最初の戸籍である壬申戸籍が編製されると、この本籍地の付近にあった郷社はその家の氏神として記載されました。ただし、残念ながら当時の氏子帳が保管されている例は稀といわざるを得ないでしょう。

 しかし、そのほかにも神社には鳥居や狛犬などを寄進した氏子の名簿が残れさていますし、神葬で葬儀を行った場合は、霊名簿に記載されています。ご先祖の故地(本籍地)を訪問した時は、ぜひ周辺の神社とその地域を管轄していた旧郷社を訪問して下さい。