五稜郭幕軍伝


18万両を運び出した男

 慶応4年(1868)1月7日の早朝。鳥羽伏見敗戦直後の大坂城に乗り込んだ開陽丸艦長榎本和泉守武揚は、茫然と座り込んでいる幕臣達を尻目に、大声で叫んだ。

「雑賀!薩長の連中に金までくれてやることはない。金蔵に行って手当たり次第に荷造りしろ。」

 さっそく御金蔵を開いた雑賀は、その量に驚いた。勘定方に尋ねてみると、千両箱が180個以上はあるという。人夫を指揮して20台ほどの荷車に積み込むと、急いで大手門を出た。しかし敵が目前に迫っていると知った人足達は、隙あらば逃亡しようとする。

 馬上の雑賀は、抜刀して叫ぶ。

「逃げる者はたたっ斬る!」

 その勢いに驚いた一行は、摂津沖に停泊中の幕艦富士山丸目指して突っ走った。この金の一部が蝦夷地に脱走した榎本艦隊の軍資金になったという。

 榎本第一の腹臣、雑賀孫六郎重村は天保7年(1836)4月、会津藩の名門一瀬家の三男に生まれた。初名を帰一という。

 安政元年(1854)幕吏に従って蝦夷地と樺太を探検し、同6年(1859)には網走支庁斜里に置かれた会津藩陣屋に在勤する。間もなく幕府海軍に入り、回天に乗艦。

 その英才ぶりが認められて士官へと進み、開陽丸に配属後は、船長を勤める榎本に深く信頼された。

 江戸開城後は会津藩に戻り、奥羽越列藩同盟成立に奔走。品川の幕府艦隊が仙台沖に向かったのは、雑賀の要請に応じたものだという。

 会津落城後は五稜郭に逃れ、開拓奉行組頭を拝命。降伏後は開拓使に出仕し、札幌新道建設に生涯を捧げた。

 明治13年(1880)9月に没。


島流しを体験した官吏

 殺人罪で牡鹿半島の江ノ島に幽閉されていた仙台藩士の大塚薫之助利篤は、近ごろ落ち着かない毎日を送っていた。

「世はまさに国難の時だというのに、俺は孤島で空しく歳月を浪費している。これでよいのか。」

 翌日、大塚は牢舎を脱走した。軍資金徴発の目的で石巻に駐屯していた佐幕派の見国隊に投じたのである。隊長の二関源治は大塚の意気に感じ、まもなく同隊の頭取改役に抜擢した。

 一方、官軍に降伏した仙台藩は、見国隊に解散を命令する。しかし二関らは、徹底抗戦を主張して集団脱走を図り、明治2年(1869)4月8日には石巻から英国船に乗り込んで箱館の榎本軍に合流した。五稜郭到着後の大塚は、昼夜の別なく飲んだくれている兵士を見て憂い、こんなことでは士気にかかわると二関に進言。その後は兵士の飲酒を朝だけに限定した。

 降伏後、函館に留どまって帰国を拒否した大塚は、改めて一関藩籍を取得、開拓使に出仕する。明治7年(1874)には七飯町在勤となり、次いで同12年(1879)からは函館支庁勧業係を兼務。そして大正3年(1914)に没去した。


明治札幌の名物男

 五稜郭残党の笠原文司は薄野で遊女屋を営み、札幌の名物男と呼ばれた。

 文司は天保13年(1842)仙台藩亘理家臣笠原彌一郎の長男に生まれる。戊辰戦争では藩士星殉太郎忠狂が編成した額兵隊に加わり、次いで榎本脱走軍に身を投じた。降伏後は函館に残留し、明治18年(1885)には亘理家中の団体移住で伊達市に住んでいた父をともなって札幌に移転。花月楼という遊女屋を経営した。

 義侠心の強い文司は同業者に重んぜられ、明治20年(1887)には貸座敷業取締兼消防第三番組頭取に選ばれる。ところが当時、消防組を乱暴集団だと見なした札幌総代人岩井信六と北門新報が取締まり強化を協議した。これを知った文司は激怒し、数百人の消防手を率いて両者を襲撃した。

 ほどなく文司は検挙されたが、函館控訴院の判決で無罪となる。後年、文司は東京に移って消息を絶った。


歴史の脇役 大塚霍之丞

 大塚霍之丞(かくのじょう)ほど脇役がピッタリ似合う男も少ないだろう。

 旗本岡田与一郎の三男に生まれ、40俵1人扶持の御賄六尺大塚家を相続。若くして京都見廻組に選抜され、北辰一刀流免許皆伝の激剣を奮う。その時の上司が清川八郎暗殺の佐々木只三郎。また同役の友人には坂本龍馬殺害の犯人といわれた今井信郎がいた。

 鳥羽伏見戦争では刀と鞘がボロボロになるまで戦い、敗北後は上野彰義隊に参加。最高幹部に選ばれる。

 彰義隊の潰走後は各所に潜み、佐幕派の大物天野八郎が捕縛された時、一緒に食事していた相手が大塚だった。屋根伝いに逃げた大塚は五稜郭に走り、そこでも降伏間際、総裁榎本武揚の短刀自殺未遂事件に遭遇する。榎本から介錯を頼まれ、自殺を止めたのが大塚である。

 降伏後は名前を賀久治と改め、小樽で晩年を過ごした。そのころ小樽には新選組の残党永倉新八も住んでおり、二人はどこかで出会っていたかもしれない。常に脇役を演じた大塚は、同時に貴重な目撃者でもあった。

 明治38年(1905)に63歳で没した。


五稜郭
五稜郭


五稜郭幹部名簿

氏名    出身  旧幕時代の役職  箱館での役職  戦傷死地  明治時代の役職

(あ)

朝夷拌次郎 鳥羽藩 浦賀奉行与力   騎兵差図役 開陽丸機関長

浅田麟之助              傳習歩兵隊頭取改役 

浅羽幸次郎 幕臣  軍艦役並 長鯨丸船長 軍艦役 長鯨丸船長

熱海貞爾  白石片倉家 仙台藩養賢堂洋学教授 額兵隊頭取改役

安部井政治 会津藩 日進館教授 会津遊撃隊差図役 矢不来

天野新太郎              歩頭並衝鋒第一大長 留川

荒井郁之助顕徳 幕臣 順動丸艦長 歩兵頭並 軍艦頭 海軍奉行 中央気象台台長

新井鐐太郎              彰義隊頭取

安藤太郎 鳥羽藩 騎兵差図役 大村益次郎門弟 回天二等士官 箱館傷 農商務省工局長

(い)

飯高平五郎 幕臣           通訳 陸軍省七等出仕

家城道次郎 幕臣 撒兵組肝煎     士官隊差図役並

池田大隅守長裕 幕臣 寄合7.000石 彰義隊頭代 脱走

板倉伊賀守勝静 備中松山藩主 老中45歳 上野東照宮神官

市川慎太郎 幕臣 軍艦操練所稽古人 海軍機械方 千代田見習一等士官 自害

伊藤善次 盛岡藩           兵隊頭取改役杜凌頭 亀田傷

伊藤鉞五郎 幕臣  海軍取締役    会計奉行組頭勤方

伊庭八郎秀頴 

 幕臣 遊撃隊士 遊撃隊頭並軍兵衛伜 歩頭並遊撃頭25歳 自殺 心形刀流の達人

今井信郎為忠 

 幕臣 見廻組肝煎歩兵差図役頭取改役 軍監並歩頭並陸海裁 27歳 静岡県初倉村村長

(う)

上原七郎 幕臣  海軍軍艦役      開拓頭取

内田庄司 幕臣 京都見廻組 歩兵差図役頭取改役 軍艦組 会計奉行支配組頭 

梅沢彌市 仙台藩      額兵隊差図役16歳     後の梅沢道治陸軍中将

(え)

榎本和泉守武揚 幕臣 海軍副総裁 開陽丸艦長 総裁職 32歳 農商務大臣 子爵

榎本対馬守道章 幕臣 一橋物頭 一橋用人 目付 会計奉行 39歳 開拓使判官

榎本勇之助武与 幕臣 大番格歩兵差図役勤方 武揚兄 一聯隊頭取 横須賀造船所出仕

(お)

大川正次郎 

 幕臣 歩兵差図役 第二大隊長 歩頭並傳習歩兵隊頭 陸軍大尉 西南戦争に出征 明治12年に病没

大島寅雄  幕臣             軍監        宮古傷

大館昇一郎                小彰義隊頭取 一本木自殺

大塚霍之丞 幕臣 京都見廻組肝煎     彰義頭取改役25歳 皇居造営御用

大鳥圭介純彰 赤穂 開成所洋学教授 歩兵奉行 陸軍奉行 35歳 枢密顧問官 男爵

小笠原壱岐守長行 幕閣 唐津藩世子 老中46歳

小笠原賢蔵 幕臣 米国留学 軍艦役 大江丸船長 軍艦役大江丸船長 福沢紹介海軍出仕

岡田斧吉 幕臣 旗本           軍監兼遊撃頭取改役 折戸

尾形幸四郎惟善 幕臣 鉄砲方与力 100俵 軍艦役見習 開拓調役 海軍に出仕

小倉鋲一郎 幕臣             江差奉行所出役 海軍少将

小野権之丞義忠 会津藩 松平容保の側近  箱館病院掛調役

(か)

貝塚道次郎 幕臣 歩兵差図役並勤方    器械掛頭取     五稜郭傷

梶原雄之助宗景 江戸見付臥煙纏持 衝鋒隊大隊頭  五稜郭傷 宮内省出仕

春日左衛門 旗本 初名鉄三郎 彰義隊頭並 歩兵頭並陸軍隊頭 亀田傷自害

金成善右衛門  仙台藩 上士 星恂太郎の義兄 軍監 額兵隊士 仙台藩預りとなる

鴨野長太郎   仙台藩 上士

川村録四郎 幕臣              会計奉行並 逓信省書記官

(き)

木下福次郎                 彰義隊頭取

(こ)

甲賀源吾秀虎 掛川藩 軍艦頭並 回天艦長 29歳 軍艦頭 回天艦長  宮古湾

小芝長之助 幕臣 甲賀者         函館市中取締頭取格 脱走捕虜

小菅辰之助  幕臣 工兵頭並 開成所調役組頭  歩兵頭並工兵隊頭 陸軍工兵大佐

小杉雅之進直道 幕臣 咸臨丸で渡米 軍艦蒸気役一等 江差奉行並 逓信省管船局次長

小林清五郎                小彰義隊隊頭取改役 脱走

近藤熊吉 幕臣 鉄砲方同心 軍艦組教授方出役 回天丸副長

(さ) 

雑賀孫六郎重村 会津藩 会津藩蝦夷斜里在勤 開陽士官 開拓頭取 茅部郡長

西郷頼母    会津藩 家老 1700石 38歳  日光東照宮禰宜

斎藤辰吉 幕臣 評定所留役勘定 勘定組頭 彰義隊隊外士官 中野梧一と改名し山口県令

斎藤 昇                 一聯隊差図役 斎藤徳明と改名し陸軍少将

酒井孫八郎  桑名藩 家老 25歳

酒井良輔   江戸小石川の剣客      越後高田藩神木隊頭    六十余都傷

佐久間梯二  元幕軍草風隊士       軍監 遊撃隊    折戸

沢太郎左衛門貞説 幕臣 軍艦頭並開陽丸艦長34歳 開拓奉行砲台建築掛 兵学寮大教授

沢 録三郎                軍監 遊撃隊頭並

(し)

柴 誠一  幕臣  軍艦頭並 長崎丸艦長

柴田真一郎 幕臣  浦賀奉行所同心 軍艦操習所  遊撃隊頭取

渋沢誠一郎 

 幕臣 軍制所調役組頭奥右筆格30歳 軍監並小彰義隊隊長 脱走  東株取引所理事長

島山三郎                 海軍三等士官 東京横浜毎日新聞記者

(す)

菅沼三五郎 幕臣  広敷御用人    彰義隊頭代       桔梗野傷

諏訪常吉 会津藩 京都藩邸公用方 24石2人  軍監兼会遊改役頭取 矢不来戦傷死

関 規矩守 榊原鍵吉高弟で直心影流の達人 彰義隊 開拓室蘭詰

関 広右衛門 幕臣 砲兵頭並       歩兵頭並砲兵隊頭  亀田傷

(そ)

相馬主計 笠間藩士 新選組隊士      軍監並新選組長箱取 宮古傷 大島流罪

(た)

高橋栄司 幕臣 軍艦組 海軍機関方    軍艦役  宮古湾

高橋弥吉                会計奉行支配組頭 永峰弥吉と改名し佐賀知事

高松凌雲 久留米藩 幕府奥詰医師 古屋智珍弟 箱館病院頭取32歳 東京医会会長

滝川充太郎具綏

 幕臣 大目付具挙の子 歩兵差図役 鳥羽伏見戦で活躍 歩兵頭並傳習士官隊頭 

箱館傷 陸軍歩兵大尉 西南戦争で戦死 28歳

竹中丹後守重固 幕臣 陸軍奉行 若年寄並5.000石 陸海裁判役頭取

田島金太郎応親 幕臣 横浜仏語傳習所 傳習砲兵隊 通辞官 18歳 陸軍砲兵大佐

(ち)

忠内次郎三 幕臣 遊撃隊剣術教授方      軍監        折戸

筒井於兎蔵 幕臣 陸軍所修業人教授新砲兵差図役 工兵頭取改役 工兵少佐

(て) 

寺沢儺之丞正明 幕臣 奥詰銃隊        彰義隊頭取

(と)

友成将監安良  幕臣 鉄砲玉薬奉行 別名 習盟 器械掛頭取    亀田傷

(な)

永井岩之丞 永井尚志の養子 箱館奉行調役並勤方 大審院勅任判事 三島由紀夫の曽祖父

永井蠖伸斎  

 忍藩 本名新六造 歩兵大隊長31歳 歩頭並衝鋒第二大長 矢不来 永井尚志養子格

永井玄蕃頭尚志 幕臣 若年寄 大目付 外国奉行 箱館奉行 52歳 元老院権大書記官

中島三郎助永胤 

 幕臣 浦賀奉行与力両番士上座軍艦役 箱館奉行並砲兵頭並 千代岡 47歳

(に)

西川真蔵  一等士官 軍艦役 神速丸船長  軍艦役  主船寮出仕

西村賢八郎 幕臣 評定所留役勘定 榊原鍵吉高弟 開拓方調役 彰義隊十八番隊長

二関源治照忠 仙台藩 32石大番組士 額兵小隊司令32歳 見国隊総長 箱館

(ね)

根津勢吉以義 

 幕臣 大番格軍艦役並勤方開陽丸副長 軍艦頭 回天艦長 海軍大尉 正七位

(は)

畠山五郎七郎 幕臣 歩兵差図役    陸奉添役兼歩兵頭並 兼五稜郭一周間掛

林 薫太郎 榎本の義弟 幕府派遣英国留学 海軍修業人 18歳 後の林薫外務大臣伯爵

林昌之助忠崇 上総請西藩主  昭和16年死 満92歳 旧大名で最も長生きした

(ひ)

土方歳三義豊  武蔵 新選組副長 寄合席格 33歳 陸軍奉行並箱館取締 一本木

人見勝太郎寧 幕臣 遊撃隊隊長 鳥羽伏見参加25歳 松前奉行 七重傷 茨城県知事

(ふ)

福島時太郎 幕臣 横浜仏語傳習所 20人扶持  通辞官

古川庄八 塩飽島出身 諸組与力上席開陽丸水兵頭  高雄艦長  海軍技師

古川節蔵 

 安芸国出身 緒方洪庵塾生 軍艦役長崎丸艦長 軍艦役 高雄丸艦長 捕南部 古川正雄と称し海軍・工部省に出仕 明治10年没

古屋佐久左衛門智珍 

 久留米出身 幕臣 小十人格歩兵差図役頭取 軍監兼衝鋒隊総長 病院死 高松凌雲兄35歳

(ほ)

星 恂太郎忠狂 仙台藩大番組士格 170石 29歳 歩兵頭並額兵隊頭 開拓使大主典

細谷安太郎 幕臣 横浜仏語傳習所傳習砲兵差図役 砲兵頭取 五稜傷 横須賀造船一等属

堀 覚之助                      軍監        折戸

本多幸七郎忠温 

 幕臣 歩兵頭並 400石  軍監兼歩兵頭23歳 陸軍歩兵大尉 明治38年没

(ま)

牧野主計 幕臣  彰義隊士         陸軍奉行添役 

松岡磐吉惟孝 

 韮山代官江川英龍家臣 軍艦頭並蟠竜艦長30歳 軍艦頭並 蟠竜艦長 明治4年獄中死

松岡四郎次郎 

 幕臣 長崎海軍傳習撒兵頭並歩兵頭並  江差奉行 一聯隊隊長32歳 開拓使出仕

松平越中守定敬 桑名藩藩主 京都所司代 会津藩主松平容保の実弟22歳

松平太郎正親  幕臣 奥右筆 歩兵頭 陸軍奉行並 副総裁職 29歳 露国浦汐領事官

松本要人成章  仙台藩 筆頭執政 1.600石 52歳 脱走 仙台藩禁固小学訓導

丸毛靱負利恒  幕臣  奥詰銃隊         彰義隊頭取改役 毎日新聞社に勤務

(み)

三浦 功 幕臣 回天乗員 海軍中将 旅順口港務部長 軍艦の運航で卓越した技量を誇る

三木軍司 幕臣             一聯隊頭並勤方   松前傷

三宅八兵衛  桑名藩家老(重臣) 60石

宮路仙之助 幕臣  義弟の宮路助三郎は碧血碑建立に尽力 軍監 二股

宮重一之助 

 幕臣 広敷用人宮重丹後守の息子 騎兵頭並  機械頭並兼騎兵頭並 陸軍省七等出仕

三好 胖 唐津藩主小笠原長泰の三男 小笠原長行の義弟 17歳 新選組差図役 七重

(も)

森 常吉 桑名藩士              新選組頭取改役   七重傷

森本弘策 

 軍艦役一等 千代田形丸艦長  器械頭取 千代田形沈没で罪を得て降格 開拓使出仕

(や)

矢作仲磨 幕臣 回天軍艦役 別名 平三郎   軍艦役       宮古湾

山内六三郎恭明 

 旗本の家臣 榎本の親戚 幕府蕃書調所出仕 隊外士官 開陽通訳 提(堤)雲と改名し鹿児島県知事

山瀬主馬 幕臣  傳習歩兵第七連隊長     裁判所付護送隊調役

吉沢勇四郎 幕臣 砲兵差図役頭取 工兵頭並  歩兵頭並工兵隊頭      

(わ)

渡辺金三 幕臣  海軍器械方         軍艦役