紀平さんという苗字の由来

2018年12月10日


 フィギュアスケートのグランプリファイナルで16歳の紀平梨花選手が見事に優勝した。日本人でシニア昇格後、1年目でグランプリファイナルを制覇したのは、浅田真央さん以来、13年ぶりの快挙とのこと。彼女は将来の金メダル候補の最有力だろう。

 ところで、紀平という苗字が面白い。「きひら」と読む。彼女は兵庫県の出身だそうだが、紀平という苗字は三重県に多い。県内では津市安濃町草生から野口にかけて密集している。大阪府や兵庫県にも少数ではあるがいる。これらの家は三重県から移住した系統だろうか。ほかに愛知県にもいるが、抜きん出て数が多い地域はなく、県内にまんべんなく広がっている。

 紀平姓の由来については、『姓氏家系大辞典』の紀平(きへい)項に「本姓・紀氏にして更に平姓を称せしものなり。」とあることから、この紀姓と平姓の合体説が広まっている。しかし静岡県浜松市に貴平町というところがあり、かつては紀平(きへい)とも書かれ、天文13年(1544)の今川義元判物(「秋鹿文書」)にも紀平郷のうち30貫文を秋鹿弥太郎に安堵すると見えることから、貴平と紀平が混合して使われていたことが分かる。

 この浜松市の紀平(貴平)地名の語源は、「万葉集」巻一四の「あらたまの伎倍(きへ)の林に汝を立てて行きかつましじ眠を先立たね」の伎倍(きへ)だという説がある。この「き」も古代豪族紀氏(第8代孝元天皇の末裔)の居住地という説もあるが、それよりも素直に地形語と解釈して、「き」は「きざみ」の「き」で断絶のこと、「へ」は「辺」で場所のこと、あわせて豊田川右岸の崖地という意味ではないかと推測される。この地は古くから「きへい」と呼ばれてきたが、そこから生まれた紀平さんが読み方を「きひら」に変え、ほかの土地へ移り住んだ可能性がある。

 『姓氏家系大辞典』で太田亮先生が紹介している薩摩国(鹿児島県)の紀平二、肥後国(熊本県)の紀平次、磐城国(福島県東部)の紀平次は、いずれも中世前期の人物で、これらの紀平は苗字ではなく、紀の平二(次)、すなわち氏と字のことである。後世、これらの子孫が先祖の名前を記念して紀平姓を名乗った可能性はゼロではないが、やはり紀平という地名がかつて存在していたことを考慮すると、現在の紀平さんのルーツの大半は地名の紀平に負っていると判断したほうが妥当だろう。

 地名だとした場合、浜松市の紀平(きへい)の語源は「川沿いの崖地」と解釈したが、紀平(きひら)のほうも「き(割)」で「割れ目=崖」、「ひら(傾斜地)」、あるいは「き」「の(助詞)」「ひら」の短縮形で、どちらにしても「きへい」と同じく川や山の崖地を指す言葉だろう。

 紀平姓の有名人としては三重県出身の哲学者紀平正美(1847-1949)、同じく三重県出身の県議会議員紀平雅次郎(1851-1928)、日本婦人有権者同盟会長だった紀平悌子(1928-2015。佐々淳行の姉)などがいる。また、津市安濃町安部の庄屋は紀平家である。

 話は紀平梨花選手に戻るが、彼女の演技を見ていると実に優雅で、気高さを感じる。この雅な雰囲気は、もしかすると古代の朝廷で天皇家の側近くに仕えていた紀氏や平家の血がかもしだしているものではないか、とさえ思ってしまう。紀平姓は地名発祥の可能性が高いが、彼女の血のルーツが紀氏や平家のような天皇家の系統につながっていても何ら不思議ではない。